執事長からの煽り
使用人たちへの私の紹介も終わり、夕食の時間は恙なく過ぎて行きました。
反発の影響で問題が起こる可能性も危惧していたのですが、どうやら調理関係の使用人は反発に賛同、というよりも執事長の影響下にはないようです。
ただ、アグルス様が私を紹介している最中に一部の年齢層が高めの使用人から訝し気な視線を浴びせられました。どうしてそのような目で見られているのはわかりませんが、見られている程度なら特に問題はありませんね。
「我が家の料理はどうだったかな」
「とても美味しかったです」
「それは良かった」
本当に美味しかった。我が家の料理も美味しいは美味しいのですが、食べ飽きていると言いますか、基本的に食べ慣れた物しか出てこないのですよね。
お父さまとお母さまにも一々指示を出して料理を作らせている訳ではないので、お父さまとお母さまの気に入った物しか出てこなくなってしまっているのでしょうけど。料理人からしても何時もと違う料理を出して何かあったら困りますから、リスクを避けているのかもしれません。
「先ほどの料理はトーアを我が家に迎え入れるにあたって特別に作らせた物だから、毎回このような料理が出て来る訳ではないが自慢の料理人だ」
「承知しています。これからの食事が楽しみですね」
「楽しみにしているといい」
私の言葉を聞いてアグルス様は安心した表情をしています。この食事の指示を出したのはアグルス様でしょうし、執事長からの妨害がある可能性がありましたからね、何事もなく夕食の場を終えられたことで安堵しているのでしょう。
「旦那様。夕食がお済のようですので湯浴みの方へ向かわれてはいかがですかな? そちらの奥様と一緒に入っては」
「グシス!」
アグルス様が声を上げて執事長の発言を遮ります。執事長は先ほどまで夕食の場には居なかったはずですのにいつの間にいらしたのでしょう。
一緒に湯浴みをすることは夫婦になった以上、別段おかしなことではないのですよね。ですが、いくら執事長とはいえ、使用人である以上このような内容の話をすることは不敬でありますし、このような場で話すような事でもないです。
「おや、どうされたのです? このような場で大きな声を出すとは、他の使用人が委縮してしまうではありませんか」
「お前の発言に問題があったからだ。そもそも私は他の仕事をしているように頼んだはずだが」
執事長がここに来ないように事前に仕事を頼んでいたようですね。アグルス様から聞いた限り、執事長は仕事面では非常に優秀らしいのですが、その所為で替えの利かない人材のため安易に辞めさせられないとか。そして、それを笠に着てやりたい放題されてしまっているようです。
「終わりましたので、こちらに来た次第です」
「私は次の仕事の方も指示を出していたはずだが?」
「おや、そうでしたかな? 申し訳ありません、少々覚え違いをしていたようです」
ああ、もうこれはわかっていてここに来ているようですね。執事長の表情からしてあからさまにアグルス様を見下しています。それに先ほどから私のことを視界に入れようともしていないので、同じように見下されているのでしょう。
何故、執事長ともあろう方がこのような態度を取っているのかが気になりますが、代が変わったと同時に、今まで仕えていた使用人の態度が激変することは割と起こることです。その結果家その物の存続が危うくなった、という事例もありますからこれくらいなら特別変な事でもないのですよね。
さすがに当主に対してここまであからさまな態度を取るような事は滅多に聞かないのですけれど。大半は表立って行動はせず、現当主に対する不信感からの離反し、その使用人たちが他家からの引き抜きを受けて、気付いた時には手遅れというのが多いです。
「なら、今からその仕事に取り掛かれ」
「了解しました。ああ、湯浴みの準備は今進めている所ですので、もうしばらくお待ちください」
「さっさと行け」
最初に進めていたにも関わらず準備が出来ていないというのは何なのでしょうか。見下したうえで揶揄うつもりだったという事でしょうけれど、もし話に乗った場合どうするつもりだったのかが気になります。いえ、乗ったらのったで馬鹿にするつもりだったのかもしれませんね。
さて、これはどうしたらよいのでしょうね。安易に辞めさせられないというのはなかなかに厄介な事です。
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