閑話 父

 

「書類の方は不備なく書き込まれているな。これを貴族院に提出すればリースの婚姻は成立する」

「お父様。今すぐ持って行ってください!」

「いや、無理だ。私とて早くこれを持って行きたいところだが、今から行っても貴族院の受付は既に終わっている時間だ。それに、行くにしても先に行くことを伝えなければならない。そちらの方の受付はまだしているので申し込むが、早くともこの婚姻が正式に受理されるのは明日の朝だ」


 トーアから渡された書類をオージェに書かせたのか、割と早くリースは書類を持って執務室に戻って来ていた。


「貴族なのだから無理やりやっても問題はないでしょう!」

「そんな訳ないだろう!? 貴族院を運営しているのも貴族だ。そこに無理を言うということは国内の貴族から孤立することを意味するのだぞ!」


 本当にリースはどうしてこのように育ってしまったのか。我が家ではしっかりした教育者を付けていたはずだから、そこが原因ではないと思うが。現にトーアはしっかりした性格に育っているのだからな。


「何て面倒な」

「半日くらい待ちなさい。それに、もし今持って行けたとしても、この書類が正式に受理されるのは明日になるだろうからな」


 自分の思い通りにならない状況にリースは不満を漏らしているが、はっきり言ってどうにもならない以上、何を言っても無駄なことだ。


「あなた、入るわよ」


 舌打ちをしながらもどうにもならない事実に反論することも出来ず、リースが黙っていたところで妻が戻って来た。


「あら? リースも戻って来ていたのね。と言うことは、しっかり書類の方は書いてもらったということかしら?」

「ええ! ただ、直ぐにでもこれを申請したいのにお父様は駄目だと言うのです!」

「ああ、それは仕方ないわよ。それに今から申請できたとしても、色々と準備をしないといけないのですから、どの道まだ時間は掛かると思うわよ?」

「あ!?」


 まさか、すぐに家を出て嫁に行くつもりだったのか? 私はあれを逃がさないために早く申請したがっていたと思っていたのだが、そうではなかったということか。


「そうだな。お前は少しでも早く嫁に行けるように準備はしておいた方が良いだろう。申請が通ってからでは、さらに時間が伸びるぞ?」

「そうですね! じゃあ、私はこれから準備をしてきます!」


 そう言ってリースは執務室の扉を思い切り開け放ち外に出て行った。


「すまない。助かった」

「いいんですよ。あの子は自分の思い通りにならないと正論であっても反論しますからね。ああやって話を逸らさない限りずっと食い下がりますし、私からしても話の邪魔です」


 妻の自分の子に対する身も蓋もない発言に乾いた笑いがでるが、それに関しては完全に同意だ。


「それでトーアの事なのですが」

「ああ、すまん。少し待ってくれ」


 妻の話を少しだけ留めて、近くに置いてある呼び鈴を鳴らす。しばらくして、鈴の音を聞いた私の付き人が執務室に入って来た。


「何か御用でしょうか?」

「すまないが、リースの支度を見張っていてくれないか。自分で支度をするのは良いのだが、見張っていなければ何を持って行くのかわかったものではない。もし、持って行かれては困る物も持って行こうとしていた場合は止めてくれ。何人か手伝いのメイドを連れて行けば喜んで手伝わせるはずだ」

「了解しました」


 私の指示を聞き、付き人は直ぐに執務室から出て行った。


「ああ、それは気を付けなくてはならないことですね。それと、おそらくメイドも1人連れていくことになるはずなので、それについても聞いた方が良いでしょう」

「そうだな」


 リースは自分が良ければ何だってする子だ。それが家に不利益をもたらすことになっても一切気にしない程にな。故に先手をもって対処しなければならない。まあ、それも、もうすぐ終わるのだがな。


「それでトーアの話だったな」

「ええ、ナルアス辺境伯との話がまとまったので、書類の方を受け取りに来ました」

「それは良かった。いや、トーアのことだから駄目になるとは思っていなかったが、あちらが何を言ってくるかがわからなかったからな」

「そうですね。本当に良かったです。リースの所為とはいえ、先ほども粗相をしてしまいましたから、話がまとまって安心しました」

「先ほども?」


 リースがまた何かをやらかしたのか?


「先ほどの出迎えの際にリース付きのメイドが粗相をしたのですが、報告がまだでしたか」

「ああ、こちらにはまだ来ていない」


 何でこうも問題を起こしたがるのか。リースではないが、本当に何故今日の貴族院に間に合わなかったのか。出来る限り早く我が家から出て行って欲しいものだ。


「おそらく、近い内に報告は来ると思いますけど、それについては執事長が取り仕切っていますので、そちらに確認を取った方が早いかと思います」

「わかった。後で聞いておこう。それよりも書類だったな」


 そう言って机の引き出しからトーアの婚姻に関する書類を取り出した。

 む? 婚約の契約についての書類が見当たらないな。いや、別にこれでも良いか? トーアであれば断ることは無いだろうし、遅かれ早かれだろう。問題があるようなら、ナルアス辺境伯が止めるだろうからな。

 そう判断して書類を妻に渡した。


「あの、これは婚姻に関しての書類ですけれど」

「どうやら婚約の方は書類が出来ていなかったようだ。だがまあ、いいだろう。いずれそうなるのだから、多少早くなるだけだ」

「そうですが」

「気付かなかったていで渡せばいい。駄目ならナルアス辺境伯が止めるだろうよ」

「トーアの気持ちが考慮されていないのが気になりますが、まああの子は辺境伯の判断にゆだねるでしょうから、良いのかしらね」


 トーアには申し訳ないが、ナルアス辺境伯との婚姻はこちらが支援をしてもらっている以上、我が家にとって避けられないものだ。

 元より、あの元婚約者の婚約も受け入れていたのだから受け入れるだろう。それに、おそらく待遇はナルアス辺境伯の方が良いだろうからな。


「それでは持って行きますね」

「頼む」


 そうして今日、我が家の2人の娘の婚姻が決定した。

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