優しさを滲ませる
「さて、私がここに来た理由は、先に伝わっているだろう。故に、さっさと話しを進めたいのだが」
「ええ、しっかりと伝えております」
辺境伯様との話し合いのために整えていた部屋に入り、すぐに辺境伯様はそう言葉を発しました。
これは忙しい合間に来てくれたと言うことでしょう。……厄介ごとを先に片付けたかった、と言うことかもしれませんけれど。
「ならば、話を進めよう。私とあの娘の婚約についてはどうなっている? ここに来る前にはまだ完全に破棄されていなかったと聞いたが」
「それは、私が家に戻って来た段階で完了していました。それとリースに関しては先ほど商家との婚姻が成立しましたので、これ以上辺境伯様にご迷惑が掛かるような心配は無くなりました」
「それは、この家とも縁が切れると言うことか?」
「ええ、そうなります。しっかりと書類を用意したので、貴族籍からも抜ける形になります」
しっかりとあの書類に印を押したのですね。良かったです。これで辺境伯様だけではなく、我が家にとっても喜ばしい事ですね。
「それは良かった。この娘のことだ。婚約が完全に破棄されたとしても、何かしらの言いがかりをつけてくる可能性もあったからな。他の者と婚姻を結び、この家からも居なくなるのなら安心できる」
本当にリースとの婚約は嫌だったようですね。心底安心したような口調です。まあ、私も同じ立場だったら似たような反応になる自信がありますから、仕方のない事です。
「トーアの方もリースが商家と婚姻を結びましたので婚約は解消している状態ですが、元の取り決め通り進めてしまっていいでしょうか?」
「ああ、構わん。支援の方も継続して行おう」
「ありがとうございます。では、私は当主へそのことを伝え、その書類を作ってまいります」
「すまない。本来なら立場が上の私が作るべきなのだが」
「いえ、忙しい身の上ですから仕方がありませよ、それに便宜を図っていただけている以上、細々とした部分は私たちに任せてください」
「ああ」
辺境伯様の短い返事を聞いてすぐにお母さまは部屋から出て行ってしまいました。そして、この部屋に残っているのは辺境伯様と私だけになりました。
一応、部屋の外には辺境伯様が連れて来た執事が居ますが、部屋の中に居る訳ではありませんので本当に2人きりです。
静かな部屋が怖いです。それに凄く気まずいのですが、これはどうしたらよいのでしょうか。何か気の利いたこと言ったり話せたり出来ればいいのでしょうけど、私にはそのような技術はありません。むしろ、そのようなことは苦手な部類です。
「……君は」
どうしたらいいのだろう、と半ばパニックに陥りながらも表情を繕いながら考えていた所で辺境伯様が口を開きました。
「何でしょうか?」
「君は私のような男と婚約するのは嫌ではないのか? 先ほどから見ていた感じ、戸惑っているのは感じられたのだが、嫌がっている素振りが一切無いのが気になる」
「それは……」
これは言って良いのでしょうか? さすがに諦めていると言うか、私がどうこうしたところで拒否権は無いので、貴族に生まれた以上そういう物、と受け入れているだけなのです。それにオージェに比べればましだと思っているというのもありますけど。
「別に何を言っても私が怒ることは無い」
「ですが」
「私が知りたいだけだ。婚約者の気持ちを知りたいのはおかしなことか?」
うっ。そう言われたら拒否するのも駄目な気がします。それに何故、お母さまと話していた時の重い声色とは違って、優しい感じの声色で話しかけてくれているのでしょうか。私を怖がらせないためなのかもしれませんが、先ほどとの差に少々戸惑ってしまいます。
「わかりました。ですが本当に怒りませんか?」
「そもそも私が半ば強制した形なのだ。怒る訳がない」
「そう言っていただけるのなら。ですが大した理由はありませよ?」
「構わないよ」
辺境伯様の言質が取れた以上、言わない訳にはいきませんね。仕方ありません。腹をくくりましょう。
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