馬鹿な妹は嫁に出す

  

 両親が普段から使っている執務室の前に着くと、何やら中から言い合いをしているような話し声が聞こえてきました。


 中に入るのは少し待った方が良いかしら、と一瞬だけ考えたのだけど、どうやら部屋の中で声を荒げているのは妹のようだ。それならば配慮する必要はないと判断して気持ち程度のノックをした後に部屋の中に入ります。


「何で私が嫁に行かなければならないのですか!」


 何やら話の筋が見えませんが、とりあえず何時ものように妹が癇癪かんしゃくを起しているだけのようなので、気にせずお父様の元まで進みます。


「ん? ああ、トーアか。そっちの話は終わったようだな」

「ええ、予定通り、おおよそ予想通りの内容でしたが、何事もなく終わりました」


 そう言って先ほど判が押された書類をお父様に渡す。それを横から見ていた妹のリースが声を上げました。


「ちょっと、今お父様と話していたのは私なのだけど、横入りしないでよ!」

「待っていても終わりそうにありませんでしたから、仕方のない事です」


 リースの癇癪は基本的に相手が折れるまで続きます。

 だからその相手が折れる訳にはいかない、もしくは折れようがない場合は、他の人が横から介入して物理的に話を遮るか、その相手かリースの次の予定が差し迫らない限り終わらないのです。

 故に今回は私が話を遮り、癇癪を止める必要があったのです。


「なるほど! じゃあ、私の話を一切受け入れてくれなかったお父様が全部悪いのね!」

「はぁ……」


 リースの言葉を聞いてため息をつく。いや、何故そのような結論になるのでしょうか。理解に苦しみます。

 この子は本当に私の妹なのでしょうか? 同じ家に生まれ、同じように育ったのにどうしてこうも我が儘に育ってしまったのかしらね。


「リース、少し黙りなさい」

「嫌です! 私の話を受け入れて…」

「黙れ!」


 普段あまり聞かないお父様の怒鳴り声に少し驚いたような、恐れているような表情でリースの口が止まりました。

 まあ、当然ですよね。言うことを聞かない子供を叱るのは当然のことです。あくまで子供の行動が間違っているなら、ですけど。


「トーアの書類は……ああ、しっかり判が押されているな」


 お父様はそう言って書類にある見届け人の欄に判を押して机にしまいます。


 これで私とオージェの婚約は晴れて解消されたと言うこと。

 もう少し後ろ髪を引かれるような感じがあると思っていたのだけれど、どうやら先ほどのやり取りで色々と吹っ切れることが出来ていたようです。


「今のは何です? お父様?」


 黙れと言われて黙っていたリースが、余程気になったのか何の書類なのかと恐る恐る聞いていた。


「ああ、これはトーアとオージェの婚約を解消するための書類だ。これでこの婚約は解消されたと言うことになる」


 リースがこちらを向き少しだけ勝ち誇ったような表情を浮かべました。


「そうなんだ。貴方、婚約者に捨てられたのね! ざまぁないわ!」

「はぁ……」


 いや、本当にこの子の対応をするとため息ばかり出ますね。この話を聞いて表面上のことしか理解できていない。何故、そうなったかを一切考えていない所がこの子の悪い所ね。いえ、そもそも自分が悪いとは考えていないからこそ、なのかしら?


「リース」

「何かしら? お父様」

「これでお前とオージュの婚約が確定した。何か言うことはあるか」

「え?」


 本当に何も考えていない。そもそも、先ほどの一方的な言い合いはこれに関する事でしょうに。貴方がオージェと事を及んだからこその話だったはず。なのに何でこうなる事を思い至らないのか、疑問しか浮かばないわ。


「良かったじゃないリース。貴方、辺境拍様に嫁ぐのは嫌だと前々から言っていたでしょう? これで嫁がなくて済むわね」

「え? ……あ、ええ、そうね! 確かに。いえ、でも、この家を出るのは……」

「我が家よりもあちらの家の方が大きい商会ですからお金は持っていると思いますよ? だから、色々貢いで貰えば良いのではないかしら? 我が家に残りたい理由はそう言うことでしょう?」

「はっ! 確かにそうだわ! ええ、私、オージェの嫁になるわ!」


 ……うん。これは何て言うか、ちょろいと言うか考えなし……いえ、馬鹿の一言ね。うん。それ以外の言葉で表すことは出来ませんね。

 私が言ったことだけど、さすがに商会のお金を使える訳ないでしょう、と指摘したくなります。


 お父様は……特に何を言うつもりはないようですね。まあ、リースを自主的に家から出て行ってくれると言っているのだから否はないですか。


「それは良かった。ああ、リース。オージェなら……っと、その前にお父様。リース用の書類は出来ていますか?」

「ん? ああ、あれか。出来ているぞ」


 そう言ってお父様は机から先ほどとは違う書類を取り出し渡してきました。

 出来ればリースに直接渡して欲しかったところだけれど、書類を受け取って直ぐにリースに渡せばいいだけね。


「はい、リース。この書類にリースとオージェの判があれば婚約は成立するように書かれています。それと、オージェはまだ何時もの応接室に居ると思うから、今すぐに行けば直ぐに婚約が成り立つはずよ」

「え? あ、うん……」

「それと、もしかしたらまだ、私に未練がある可能性があります。なので、この書類はあまりオージェに見せない方が良いかもしれませんね。だから、勢いで押して判を貰うなどの方法を取ってみたらどうかしら」


 まさか、オージェの元婚約者の私から後押しがあるとは思っていなかったのか、少し戸惑った表情のリースだったけれど、私が未練云々の言葉を出すと私を見下すような表情になりました。


「未練が何よ! そんな物私が一瞬で払拭してあげるわ!」


 リースはそう声を上げると直ぐに執務室から出て行きました。

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