第10話 この魔女も破天荒を背負う。①

——。

「クライスラーの嬢ちゃん、待ちなっての。話を聞きな‼」

「るっせぇ‼ クソ親父の小間使いと話す事なんてねぇよ‼」



「ったく……聞き分けの無いガキだ——ふんっ‼」


「……な、なんだよ。アタシとやろうってのか⁉」



「はっ——、俺様との実力差が分からないほど馬鹿ではあるまいよ、嬢ちゃん」

「っ——‼ やってやろうじゃねぇか‼ このケダモノ野郎‼」


「はは、そんな生き急ぐなっての。厚みも重みも無い言葉は、ただ哀れなだけだぜ?」

「俺は伝言を届けに来ただけでな。オメェさんの親父殿から」


「……ちっ。なんだよ、伝言って」


「『これ以上、拳の魔女の後を追うなどと不毛な事を続けるなら勘当する。二度と我が家の門を踏み入る事は許さん』だそうだ」


「はっ‼ 何を今さら……あんな軟禁状態のお人形ハウスなんざ、こっちから願い下げさ」

「……それから、手紙は全部読んで返事を書け。とも言っていた。根無し草の俺が言えた義理じゃねぇが、ちゃんと家族の話は聞いておいた方が良いぜ? オメェさんの親父殿はオメェさんの事を——」


「考えてるわけねぇ‼ あの親父は知ってたはずだ‼ 私の夢の事を‼」


「知ってて——あんなクソみたいな見合い話を……」

「まぁ、取り敢えず届いてる手紙は全部読めよ。捨てちゃいないんだろ?」

「……」



「しかし——まさか編入早々、キリティア嬢とオメェさんが仲良くなってるたぁ驚いたよ。おかげで色々と考えてきたプランが台無しだ」


「……キリアを知ってんだよな。アイツは……アンタより強いのか?」


「ん? んん……ああ、勝てないな。何時間か、油断せずに闘った所で足止めになるのがせいぜいだよ」

「魔人なんて生き物は、そもそも普通の人間とは生物の格が違う」

「アレに勝てんのは神か同種の魔王、ルーガス・メイジなんかの最上位魔女……世界中探しても早々見つかるもんでもない」



「……魔人? なんだそれ」

「ん……何ってキリティア嬢の……——まさか、聞いてないのか⁉」


「アイツが魔人……? マジなのかよ……そんな馬鹿な、いや、でも……」

「ああっと……もしかしてやっちまったか? キリティア嬢の性格なら友達には別に隠しちゃいないと思ってたんだが……信頼しているみたいだったし」


「よし。いいか……クライスラーの嬢ちゃん、今聞いた事は忘れな」



「その方が身のためだ。俺の」


「……でも有り得ないだろ。魔人が魔法学院に通うなんて……国が許すはずがねぇ。そもそも放置しておく訳がねぇ‼」

「つくししゃああ……俺の渾身のボケは無視かよ……分かった、この際だ。俺から教えるしかねぇか」



「ルーガス・キリティアは——正確に言えば魔人じゃねぇんだ」



「はぁ⁉ さっきと言ってる事が違うじゃねぇ——か」

「魔人ってのは本来、厄災級の魔物と同じく——淀み、穢れた魔力……瘴気によって発生する生物の形を成した事象だ」


「こいつらは自我を持ち、強力な魔力や能力で災いを振り撒くが——動物が瘴気に飲まれて生まれたとされる魔獣とは違って生殖能力を持たない。つまり数は少なく、繁殖する事も無い」


「だが——数十年前、一人の魔人の男が人間の女と恋をし、子供を産んだ」



「……嘘だろ。そんな話、聞いた事も無い‼ それがキリティアなのか⁉」

「当然だ。その場に居合わせた者は殆んどいない上、固く口止めされてる」

「本来の魔人だけでも、人類にとって脅威以外の何物でもない。人間の武器である知性を持ち、魔物の頂点に君臨できるほどの魔力も持っている」


「そんな存在が数を増やすと聞けば国中がパニックだ」

「あ、言っとくが魔人が恋をしたのはルーガス・メイジじゃないぞ。むしろアイツは魔人をぶっ殺した張本人だ」

「そこはまだ一ミリも想像してなかったよ‼ 話を続けろ‼」



「……嬢ちゃんの予想通り、その魔人の子がキリティア嬢なのさ。生まれながら魔力に秀でた魔族とも違う……災害と人間の間に生まれた子供、デモンヒューマノイドと呼ばれている」

「デモンヒューマノイド……」


「まぁ色々あって——」

「そこは省略するなよ」



「……はぁ。夫が討伐されてしまったキリティア嬢の母親は、妊娠した体のまま逃避行を続け、人里離れた場所でキリティアを産んだ。だがしかし、そこも悲劇に油を注ぐ」

「魔人の能力の内……最も厄介とされるのが周囲に存在する魔力を無限に吸収し、己の力として、周辺の魔力を枯渇させる事だ。残念な事にキリティアにも、その能力が備わっていた」


「キリティアは——母親の乳の味を知る前に、母親の魔力を吸い尽くし、殺してしまう」

「——‼」



「これはあくまでも想像でしかない。だが、ルーガス・メイジや俺が彼女と初めて出会った時、彼女は独りで立っていて母親という言葉さえも知らない様子だった」


「そして——後日、キリティアの証言から母親の亡骸も見つけたよ」



「キリティアと出会ったあの日のこたぁ、忘れられるはずもねぇ……真っ赤に燃える炎の中、透き通ってると思える程に真っ白な髪をなびかせて溶けない氷みたいな眼差しで俺達を見ていた嬢ちゃんの姿はな……」



「……魔力の吸収、か。そういえばアイツ、常に魔力が欠乏してるとか言ってたな」

「魔人の能力を最低限に抑えてるからな。俺達からすれば息を止め続けているようなもんさ」


「人間として普通に生きたいだなんて、普通じゃない奴にしか抱けない夢って奴の為にな」



「けっ……アタシには分からない理屈だよ。馬鹿みてぇ」

「オメェさんの親父にも、そういう道理ってもんがあるのさ、嬢ちゃん」

「——……ちっ」



「……強さの果てには何もねぇ。嬢ちゃんを見てれば何となくそれが判ってくる」

「だがまぁ、一人で生きていくにゃ強さも居るのもまた事実だ。アレの近くに居りゃ学べることも多いだろうよ、クライスラーの嬢ちゃん」



「今日聞いた事は黙っておいてくれ。それが嬢ちゃんらの為になる、さっきも言ったが俺の為にもな」

「それから、強くなりたきゃちゃんと飯を食いな。うどんだけじゃあ、栄養が偏るぞ」


「頑丈な肉体は健全な食事によって完成に至るってな、ははは——」



「——ドリトルさん、避けてください‼」



「は? ぐばらふぉ——⁉」





「……は? …………ドリトル叔父さん‼」

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