第4話 この魔女は人を呪わない。②

***

「これで——どっちも生き残ったのは二人か。ミランダの本気ってのは、初めて見たよ。結構やるじゃん」


「え、そうなんですか? まぁ……意図的に私たちを残したという感じですね」



「……キリアさん。私、きっとアナタに手加減できないから」


「分かってるんだ……分かっているの。悪いのは全部バルディゴで、拳の魔女に頼るしか出来なかった弱い私たちの所為だって」


「でもさ、許せないの……許せないんだよ」



「二日酔いって何⁉ 代わりに弟子が討伐したって何⁉ 全力を尽くしてくれたら、そんなふざけた理由がなきゃ、私達の故郷は……人が住めなくなるような場所にならなかったって考えたら、私にも別の人生があったんだって考えたら、許せる訳ない‼」



「返せる言葉も無いですね……ですが——」



「貴様の許しなど要らんわ」

「きゃあ‼」

「「——⁉」」


「さっさとボールをよこせ、グズが」

「ふん。家があろうと無かろうと下級貴族の貴様ら程度の人生などたかが知れている。どちらにせよ我が家の庇護が無ければ生きていけぬ下賤な人生であったろう」


「なぁ、カルク・ミランダ?」



「……はい。ウィルソン様」



「相変わらずのクソっぷりだな……反吐しか出ねぇよ」

「……」


「貴様もだルーガス・メイジの弟子。いつまでも我らが寛容にしていれば身分を弁えずに付け上がり、愚かな夢ばかり見る。現実を見ろ、この学院を一歩でも出れば貴様らなど我らのような選ばれた上流貴族の道具に過ぎんというのに」


「勘違いも甚だしい貴様の師匠とやらも、あのような下賤の民が本来ならば我が物顔で生きていること自体許されん。しかし少しは使える駒だから王家も放任しているだけであって、この国が本気を出せば吹いて飛ぶような存在には違いない」



「このボケ……私の前でルーガス・メイジの事まで馬鹿に……‼」


「ビジル・クライスラー。君も良い加減、目を覚ましたまえ」


「君も、本来はコチラ側の人間のはずだ。野蛮な魔女に随分と毒されたらしいが、上流貴族としての品格ある振る舞いを忘れるなど言語道断。家の名に傷を付け、品位を貶めるぞ」


「そりゃテメーだろ勘違い野郎。アンタは何処の誰に毒されたんだか知らないがな、これ以上その臭い口で喋ると殺すぞ、コラ!」



「アンタも何か言ってやんなよキリティア‼ 師匠のこと馬鹿にされてんだよ⁉ アレ、キリティア?」

「——……白目向いて気絶してんのか⁉」



「……あ、話は終わりましたか? いやぁ、とんでもなく耳が痛い話でしたね。拍手をしてあげましょう、パチパチパチ」


「聞いてなかっただろ……絶対。なんなんだよ、アンタ。普通、怒るだろ、あんな事言われたらさ」

「え、普通は怒るんですか⁉ あんな可哀想な生き物に怒るなんて、とんでもないですよ⁉」



「だって家の庇護が無ければとか、身の丈もわきまえず愚かな夢を見るとか、この学院を一歩でも出れば貴族の道具だとか、使える駒だから放任しているだけだとか全部自分の事じゃないですか‼」

「あ、いちおう聞いてはいたんだな……」


「自虐が酷い‼ あんなもの自信満々で言われたら流石に見て居られませんよ‼」

「優しくしてあげましょう、クライさん‼」



「「「……」」」


「いやな……キリティア。アイツはアンタやルーガス・メイジの事を言って居てだな」

「? でもそれはご指摘当たりませんよね? この国が本気出したって師匠は倒せませんし、まぁ私のような者が普通の人生を送るなんて確かに愚かな夢かとも思いますが、叶えられない夢では無いと信じています」


「……っ。それが、勘違いしていると言っているんだ‼ イグナイト・フレイム‼」



「デカくなるぞ‼ 防御魔法だ、キリティア‼」

「——⁉」


「「「……」」」


「……な、なにをした! なにをした貴様‼」

「なにをって……親指で上に弾いただけですが?」


「親指だけで⁉」

「……ボールキャッチ。さぁて——、私も試しに攻撃に参加してみますか。流れ弾で他の方に当たる事はありませんし」


「っ——俺を守れ、役立たず‼」

「アイツ——ミランダを盾に——‼」



「しかし、どうしたものでしょう? 本気でやったら死んでしまいそうですし、その前にボールが原型を保つかも疑問です……あ」

「お師匠様‼ 訓示、その二‼」

「は? な、なんだ⁉」



「分かれ道はぁぁぁ、遠い方を選ぶべしっ‼」



「「「——⁉」」」



「なんだそのボール、手を抜き過ぎだろ!」



「はっ、どけ‼ 役立たず‼」

「きゃ‼」


「口と名前ばかりの虚仮脅し。それが愚民の限界というもの——だ?」


「ああ⁉ あ、まさか——‼」


「うわああ——ぐばふ‼」

「か、回転した⁉」



「ばふ‼ ばふ‼ ばふ‼」



「急いでも大した結果にならず‼ 遠くとも大して結果は変わらず‼ 故に気楽に道を過ごすべし‼ 時間に追われる予定など、そもそも立てるべきに非ず!」



「……バルディゴ討伐後に師匠から学んだものです」


「道の景色を楽しむことを忘れた者に、よりよい旅など出来はしない。よりよい達成を果たす事など出来ようがない」


「一生を賭けて故郷を破壊した私を責めること、復讐を目論む事を止めはしません。当然の帰結です。しかし、カルク・ミランダの人生は未だ道半ば……」


「自らの人生が幸か不幸かは、死ぬ直前に決めるべき事だと言わせてください」


「自分の人生がまるで終わってしまったかのように言うのはやめてください。ミラさん……まだアナタは、これから幸せになれるのだから……」


「——……‼」



「アナタは、もう少し抗うべきだ。ご自分の人生の過程を呪う前に」

「ぐぎゅう‼」



「——さぁ、試合を続けましょうか、殺す気で来ても良いですよ。ミラさん」

「……」



「わ、私は——、私は……キリアさんも、ルーガス・メイジも、私自身も全部、全部が許せない‼」



「なんだよ、熱いじゃねぇか……燃えて来る、アタシも混ぜて欲しいくらいだ‼」

「ゼッタイに止めんなよ、先生‼ こんなに熱くなるのは久々なんだから‼」



「行くよ……キリアさん。これが全部……これで全部、私の怒りだから‼」


『ウォーターぁぁぁ・スプライド‼』


「高速回転の水を複数付与、ですか……アレは流石に素手では簡単に止められないし弾き飛ばせないですね」



「まぁ、避ければ問題ありませんか」

「避けんのかよ‼」


「え、そりゃ避けますよ。ルール上問題ないですよね?」

「いや……まぁ、うん。それはそうなんだけどさ……」



「逃がすわけ……無いから‼」

「——⁉」

「……足下に水を広げて広範囲で狙うとは、やりますね。思わず飛んでしまいました」


「その体勢じゃ、避けられないよね‼」


「いえ、避けられますよ?」



「空中であの動きかよ‼ 風魔法か⁉」

「くっ、まだだよ‼」



「……このままミラさんの魔力切れを狙っても良いですが。少し引っ掛かりますね」


「なぜクライさんは私が避けた事に驚いたのか……ルール上に問題は無い事は認識していたようですし、うーん……」

「これなら、どうだぁぁぁあ‼」


「水を分裂させて先に体を捕まえる気か‼」


「はっ‼ これは、きっとノリというものを求められていたのですね‼」

「全力の想いのこもったミラさんの球を私が受け止める……そう。求められていたのは、かつて拝読した青春小説のようなアツイという展開‼ 完膚なき勝利‼」


「了解しました‼ ならば——」



「氷結‼」



「——⁉」

「そしてぇ……グラウンド……インパクト‼」


「……あ」



「降り頻れ、青春の一ページ……」




「決め台詞は、こんなもので如何でしょうか、ミラさん、クライさん?」



「そ、そんな……一瞬で……」

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