第49話
「あぁ」
瞼を上げれば、見覚えのある天蓋。
「帰ってきたのか、この家に」
その呟きに答える者は
─もう一人の僕ッッ!!!
まだ残っていた
「おはようございます、ディード様」
「サマーナか......?」
この張り付けたような笑顔も、もはや懐かしい。
俺がこの家に帰っているということは、彼女も専属従者に元通りって訳か?
いや、臨時で貧乏くじでも引いたな。
「あのまま、目覚めない方がよろしかったですのに」
サマーナはそう囁いて、部屋を後にした。
ほうら、この様だ。
「......どれくらい、眠ってたんだ?」
独りごつように、頭の中にいるディードに問いかける。
─ごめん、僕もよく分からないんだ。ずっと夢を見てて、君と同時に目が覚めたんだ。
「そうか」
ディードは等しく何も知らない、か。
ベッドから起き上がり、寝間着から身支度を整え、執務室へ向かう。
分からぬのなら、知っている人物に聞けばいいだけの事だ。
「待て、ディード」
廊下を歩いていると、誰かに声を掛けられた。父の声ではない男の声。だとすれば
「貴様、よくノコノコと再び我が家の敷地を跨ぐことが出来たな」
兄のベルゴ・オルネーソだ。
「貴様のおかげで、オルネーソ家は学園でも話の種となっている。もちろん、悪い意味でな」
年齢は5つほど離れているので、彼は現在学園生活真っ只中だ。大人以上に噂話好きの学園ではオルネーソ家は注目の的か。お気の毒に。あ、俺のせいか。
「それは心中おっ察しします」
「貴様!」
彼は思い切り胸倉に掴みかかってきた。歳は離れているのに身長は同じくらいなので、傍目から見れば理不尽な兄弟喧嘩とは思えない。
「消し炭にしてやろうか...?」
「やってみろよ......!」
ほんの少し、殺気を込めただけで、彼はすぐに手を離してしまった。
「ッ.....」
そのまま、押し黙っている。これ以上無駄なので立ち去ろう。今はお前の弟イビリに構っている暇などない。
「なぜ、貴様が......」
まだ何か言っていたようだが、気に留めることはしなかった。
執務室の前はめずらしく、人の気が全くと言っていいほど感じられない。
いつもは役人に貴族にごった返しになっているというのに。
不思議に思いながらも、ノックをすると「誰だ」と低い声が返ってきた。
「ディードです」
「......入れ」
扉を開けると、父は机に向かいながら書類の処理をしていた。
「ようやく目覚めたか。我が息子ながら、本当に人騒がせな奴だ」
父は片眼鏡を置き、椅子から立ち上がる。
「積もる話もあるだろう?使用人からお前が目覚めたと聞き、人払いをさせた。丸一日、ゆっくりと語らおうではないか」
そして、おもむろに来客用のソファへと腰を掛けた。
俺もまた、向き合うように対面へと座る。
「まず、お前の質問から聞こう」
俺から?
「では、何故私はこの家に?」
国による裁判で、半永久的な国外追放を言い渡されたはず。
もし、それが覆ったとして、一体何があったのか。
「お前に関する虚偽裁判については検証の結果、無効とされ、独断で事を進めた王弟の廃嫡及びに枢機卿の弾劾がなされた。その場にいた貴族、役人についてもそれぞれ改易と懲戒処分が下された。そして、お前はオルネーソ家の人間である。よって、お前がこの家を居らぬ理由などない」
光の大精霊が仕組んだ裁判が取り消されている!?
あいつ、一体何を企んでやがる......。
「全くもって不愉快極まりない騒動だった。それにノコノコ従うお前もまた腹立だしい。なぜ、私に一言でも伝えなかった?」
「それで、貴方は何かをしてくれたのですか?」
その言葉に、彼は額に青筋を立て机に拳を叩きつけた。
「魔法が使えぬから助けないとでも思ったか?都合の良い理由ができたと考え、お前を捨てるとでも?私はそんなに薄情な父に見えるというのか?」
─魔法が使えぬから死んだのだ!─
「......」
肯定の沈黙。
彼がいつ、どのように心変わりしたとしても過去に刻まれたその言葉からは何も感じない。否定以外の何も。
「なぜ、虚偽裁判だと?」
今は親子喧嘩をする気は毛頭ない。
もうこの家に留まる時間すらも惜しいのだから。
「検証には、王と王太子がお立ち会いになった。そして、王自らが光の大精霊に問いかけた結果、王弟殿下の発言が偽りであることが証明されたのだ」
やはり、光の大精霊自身が事態を掻き乱している。
どういうつもりだ?用済みだとしても、わざわざ俺の罪を取り下げる理由はなんだ?
「次は私の番だ。ディード、お前は一体どこで何をしていた?なぜ、メーンドン家の別荘近くにある海辺に漂着していたのだ?」
あのレーザーでは肉体は焼かれなかった。
傷跡も着替えの時に確認したが、目立ったものはなかった。
なら、あの攻撃の意味は?
疑問が次々と湧いて、脳内を埋めつくしていく。
「......答える気はない、か」
思案に耽っていると、父は悲しげに溜息を吐いていた。
そういうつもりではなかったのだが、まあ答えたとしても結局答えになっていないものだったろうから、どちらにしろ変わらないか。
「メーンドン公爵がここまで運んできてくれたのですね」
後でお礼の手紙と粗品を送っておこう。
公爵の好きな甘味でいいか。
「ああ。それで、お前はこれからどうするつもりだ?また、この家を出るつもりか?それほど、父である私と、このオルネーソ家が憎いか?」
憎しみ。
その言葉にディードも俺も首を横に振った。
今はその感情に割く時間など無い。
しかし、それにしても父の様子に違和感を覚える。
「何が、貴方をそう心変わりさせたのですか?以前の貴方は、私の事など気にかけなかった。たとえ命を落としたとしても、家の中に居着く虫が死んだとしか思わなかったはず。一体何が......私が居ない間に何を知ったのですか?」
「......ッ、言えぬ」
父は何度か口を開けては閉じてを繰り返し、遂には俯いてしまった。
「私の口からは、とても言えぬのだ」
絞り出すように呟かれた言葉は、まるで今際の際かと思われるほどに虚空へと消え入った。
「わかりました」
何かを知った。
俺が居ない間、おそらく例の裁判騒動に紛れて国から何か情報を得た。
それは俺に関する何らかの情報。
ならば魔法、精霊に関するものであると考えるのが妥当。
だとすれば、王宮の地下書庫?
そこに何かの答えがある。
「丸一日も、必要ありませんでしたね」
俯く父を見上げながら、ソファから立ち上がる。
「待て!話はまだ終わっていない!」
父も立ち上がるが、既に俺は執務室の扉に手を掛けている。
......本気で止めようと思えば止められるだろうに。
「続きはまた何れ。貴方が私をオルネーソであると想っていてくれる限り、必ずまたこの家に帰ってきますから」
これが、今の俺が見せられる彼への限りない誠意。
彼が己を信じていてくれるのであれば、己も、ディードも父である貴方を信じよう。
その言葉を残し、執務室の扉をそっと閉めた。
フィアータに愛を込めて 〜好きなゲームに転生したけど魔法が使えないクソザコ悪役貴族だったので人生上手くいきません〜 肉巻きありそーす @jtnetrpvmxj
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