第47話
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須臾と永遠の狭間で、恒久を願い、無常を拒んだ。
それは、まるで永久に同じ結末を繰り返すゲームのように智を厭い、知を好み、未知を無知と解して、罪を恐れ、既知へと堕落する。
前進するには落とし穴が多すぎて、後退するにはもう道がない。
だからこそ、全てを放棄した現状維持がとてつもなく心地が良い。
焦燥感は焼き切れていき、仕方がないという諦観が灰のように積もっていく。
いずれ座り込んでいるこの道も落ちてしまうというのに、それを知ってもなお頭の先まで浸かり切ってしまった
だというのに
心のどこか、ひと匙にも満たないそれでも、未だ燻るこの思いは一体......
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「どうした?」
ロッドは呆然と背後に立つ人間に目を向けることなく、声を掛けた。
「ティラはどうして狙われているんだ?」
「教えたところで、意志がなきゃどうにもならん。早いとこ、元の場所にかえりゃええ」
ロッドは溜息を吐きながら、壺の中から何かを取り出す。
それは光源のないこの穴の中でも雲一つない満月のように輝いていた。
「幻月晶......」
赤子ほどの大きさがあれば、王国民全ての魔力が三百年賄えると言われている。
その正体は海で命を落とした生物の肉体たちが積み重なり、気の遠くなる年月を経て結晶と化し、純粋な魔力の塊となったものである。
ゲームでは
「......生きるだけでも膨大な魔力いりゃあ、こんな代物も
ロッドはそれ以上何も言わなかった。
それでも、彼女が特別な存在であることはこれ以上ないほど感じさせられた。
知ろうとは思っていない。
流れが止まらないだけだ。
抗う術など......。
「ちょうどええ。あてが使うてくれんか? わてじゃあ、どうにもむつかしいんじゃて。いつもは器用なミツに頼んでおるんやが、あ奴も用事で出とるやでな」
差し出されたそれを反射的に手に取るが、雑念が手足を固め、彼女の前に立ったまま動かなくなってしまった。
「なんで、こんな
雑念の一つが口から零れ出る。
「人魚だからじゃて」
淡々と、当たり前の事実であるかのように吐き捨てるロッド。
「ッ、それだけで......」
─それだけか。
彼女が
陸とも海とも受け入れられず
生きることが呪いとなった
彼のように
彼女たちのように
「なんで、だよ」
混濁する怒りと困惑を噛み砕けず、癇癪となって滲み零れる。
「なんで、普通に生きられないんだ」
誰が多くを望んだ?
普通、平穏、笑顔、家族
それほど身の丈に合わない夢物語なのか?
お前らの脂ぎった欲望よりも尊い祈りだというのに!
あぁ、今ならほんの少しだけハイタの気持ちが理解できる。
こんな世界ならいっそ─
「普通とは?」
ロッドは呆れたように言葉を紡ぐ。
「あての思う理想が、果たして真に幸福となりうると思うか。ほんの少し、言葉を交わしただけで、この子の全てを理解した気になっとりはせんか?」
「ッ───」
頭に血が昇るが、反論の言葉が出ない。
そうだ、これは俺の妄想で、こじつけで、こうであればよいという身勝手な願いだ。
「ちぐはぐで、矛盾だらけの人間よ。何を迷い、葛藤しとるのかは知らんが、これだけは知っておけ」
ロッドの眼差しに怒りは見られない。むしろ、これは─
「あては、ティラにとって特別な存在だ」
どうして、突然現れた得体の知れない人間にそこまで希望を持てるのか。当然のことであるように言い切れるのか。わからない。一切、一言一句、理解できるものではない。
「お前こそ、何がわかるって言うんだよ......」
「はてな。やが、あの子の態度を見れば一目瞭然じゃ。どんな阿呆でも分かりゃうて。それに、何故此処に在るのか。わてにはあてを生かす意味などないかりゃの」
「じゃあ、ティラが俺を生かしているとでも言うのか?」
「そもそも、あては生きているのか。この子が眠っていてもなお、この場に平然と在るあての事などわてにはもう何もわかりゃせん。訊くべき相手は、少なくともわてではない」
深海だというのに海鳴りが激しい。
まるで、崩壊を告げるカウントダウンのようにそれは規則的に轟いている。
「『
掌にある星屑のような結晶を少女の頬に宛てがう。
すると、その輝きは少女に吸い込まれていくようにふっと消えた。
「これで、もう思い残すこたぁない」
ロッドは笑うように息を漏らすと、背を向けて岩場から泳ぎ去ろうとした。
「待ってくれ!」
「人間よ、あての知りたいことは全てその子が教えてくれよう。わては、わての役割を果たしに行く。それが、あの子の親としての責任じゃ。また、再び相見えることがあれば、その時はくだらん昔話でもしてやりゃあ。ひゃっひゃっ」
掠れた笑い声はあっという間に深海の闇へと溶けてしまった。
ロッドが姿を消したと同時に、少女はゆっくりとその眼を開いた。
「てっちゃ」
憂いのない純真な微笑みに身体が強張って動かない。
海鳴りが一際強くなった。
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