とある悪役の顛末 その1

「はじめまして、グレイです」


 その少年は突如として現れた。

 父にも母にも似つかないそれは、弟として家に住み着き、学園にまで通うこととなった。


「なぜ、彼奴は学園に通えるのです!?私の一つ下であるならば入学は来年からのはず!」


 父に問うても、「特例だ」の一点張り。

 既に卒業した兄や姉は興味がないと言わんばかりに黙認。

 所詮、魔法の使えぬ己の発言力など皆無か。


「気にすることありませんよ。いずれにせよ、貴方様の驚異にはなりませんから」


 俺が愚痴を漏らす度にサマーナは宥めるように同じような言葉を繰り返す。

 彼女もまた、突然生えてきた弟には興味を示さなかった。

 彼女の生きがいは俺に残るソフィアの面影を追うことだけなのだから。


「サマーナ」


 唯一、俺と向き合ってくれる人間。

 たとえ、その根幹が底知れぬ憎悪だとしても、俺には限りなく尊く、また何物にも代えがたい。あぁ、愛しき人よ。幕切れはどうかその美しい掌の中で。


「話を戻しますが、明日は婚約者であるフォールテ様とのお茶会ですよ。お召し物は如何なさいますか?」


 フォールテ・メーンドン。

 メンドーン家唯一の女子として政略結婚の手駒にされた同情すべき令嬢。

 いくらコミュニケーションを図っても相手にされぬので相手するのは時間の無駄だ。

 定期的な会合でそれなりの体裁は取り繕っているが、いつ綻びがバレるか。もはや時間の問題かもな。


「適当に見繕ってくれ」


 どの服を着たとしても同じだ。

 どうせ、俺の事など見ないのだから。



 ───


 何故だ!?


 何故、オルネーソの血を引かぬ者があれほどの炎を生み出せる!?

 何故、何故なのだ!?

 炎の大精霊ハーバラよ!?

 どうして、あいつが炎を扱えて、この俺が火の粉すら巻き上げられない......


「キィキィ」


 奇妙な鳴き声が漏れる。

 ふと手を見やれば、爪の間に汚れた皮肉が詰まっていた。


「『点火ファイア』」


 オルネーソ家の産声ともされる初級魔法。

 その指先は血の温もりが冷めゆくばかりで、暗い部屋の中で虚しい時間が過ぎていった。

 あぁ、心は熔けてしまいそうなほどまでに煮えたぎっているというのに。


 ──────


 最近、フォールテ嬢がグレイと懇ろな関係になっているとの噂を耳にした。

 忌み子と揶揄されてきたが、やはり俺も公爵家に属する人間である以上それなりの体裁はある。

 もし、己が貴族でなければ黙って見守ってやれたのだがこればかりは気の毒な話だ。

 彼らとは一度話し合わなければ。



 ─────


 あぁ、そうか。

 君はそうやって笑えるのだな。

 邪魔なのはやはり俺の方なのだ。


「は」


 見たこともないような透き通る微笑み。

 遠目から見た。

 あの顔は己では引き出せまいて。


「はは」


 ─お前はメンドーン家とのパイプだ

 ─出来損ないは出来損ないなりに役割を果たせよ

 ─貴方にしか出来ないことをやりなさい


「俺は」


 結局、俺はなんなんだ?

 魔法が使えなければ何も出来やしないのか?


 ─ディード。生きて産まれてきた、それだけで貴方は私にとっての灯火。


「母様......」


 どうして置いていったのですか?

 この世界は、俺にとってあまりにも──


 ─コロン


 部屋の外から何かが転がる音が聞こえた。

 もはや不審と思う思考回路を持ち合わせていない。


「これは」


 扉を開けて確かめると、それはであった。


《腕にはめて、願え》


 脳内に声が響く。

 それに従い、右腕にはめて『魔法が使えるように』と願った。

 すると、


「うぉぉ」


 見事な火柱が掌から立ち上がったではないか。


「大精霊様の施しか......?」


 夢に見たまでの炎。

 それが魔法ではないインチキであることはなんとなく察していた。

 だが、それでもなお俺はこの機械インチキに頼る他なかったのだ。


 ──────


 万物に魔力は宿る。

 炎だけでは俺が機械を使っているとは分からない。

 俺が唐突に魔法が使えるようになったことに対して、人々は何か邪な方法を使ったのではないかと噂をし始め、あろうことか裁判にまで持ち込もうとしてきた。

 しかし、その前に光の大精霊様のお告げによって、事無きことを得た。

 その事実により、俺はこれが大精霊様の施しであったと改めて確信した。


「俺の思いがようやく通じたのだな......!」


 それからは好きな玩具で遊ぶ稚児のようにあちらこちらで炎を行使した。

 それまで愚弄してきた者、見下してきた者、嘲笑してきた者、オルネーソ家を中傷した者たちにほんの少しお灸を据えてやった。


「も、申し訳ございませんでした!以後は貴方様にぎゃ!」


 思ってもいない謝罪など神経を逆撫でするだけだというのが分からないのか?

 お前は魔法が使えぬ苦しみを知っているのか?

 涙で枕を濡らしたことは?

 透明な血反吐を吐き出したことは?

 俺の痛みを知らぬ癖に、易々と許しを乞おうとするな。


「何をしているのですか! ディード兄さん!」


 小煩い奴が来た。

 いつから俺がお前の兄となった?

 運良く家に転がり込んできた蝿め。


「見て分からないか? してやってるのだ。因果応報という道理の知らぬ愚者にな」


「兄さんがどんなに酷い目にあってきたのかは知ってる。でも、それじゃあ兄さんもだよ!」


「貴様に俺の何が分かる!の苦しみが!怒りが!この感情すらも、お前は知り得るとでも言うのか!」


よ。でも、兄さんも僕のことを。僕だって、この家に来るまでも、来てからも、多くの苦しみと悲しみを味わってきた。それでも、僕は──「黙れ!」


 その目を止めろ!

 煌々と揺らめく闇を知らぬ瞳よ!

 お前のそれは俺の過去とは違う!

 お前は現状を勝ち取る程の運と実力を持っていた!

 だが、俺には──


「剣を抜け」


 もはや、論争は不要だ。

 どちらが正しいのかは培ってきた強さで決まる。

 魔法だけにかまけた貴様に、剣をも磨き続けた俺が負けるはずがない。魔法に関しても、この機械さえあれば渡り合える。


「お前にオルネーソ家としての振る舞いを教えてやろう」















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