第40話

 居心地の悪い背中の上ではどうしても寝苦しくて、倦怠感と眠気が残った身体のまま目覚めてしまう。


「あれ?」


 大精霊さまじゃない。

 その隣に居た人間だ。

 どうして、彼の背中に?

 大精霊さまはどこ?


「あの」


 声を掛けた後に気づいた。

 彼の耳から血が垂れていることに。

 そして、私たちが風に乗って空を飛んでいることにも。

 でも、それだけでは一向に状況が掴めない。


「起きたのか」


 私が少し動いただけで、彼は私が起きていることに気づいた。

 舌足らずな声。

 振り向きざまに見えた目は閉ざされていた。


「お前は無事か?」


 私の身体には特に異常はない。

 きっと、大精霊さまが守ってくれたんだ。


「はい」


「......そうか。なら、よかった」


 反応が鈍い。

 やはり、耳の怪我で聞こえ辛くなっているのだろうか。


柔包ブレナ


「風の膜を作りました。一時的ですが、聞こえやすくはなったと思います」


「あぁ、確かに耳鳴りが止んだよ。助かった、ありがとう」


 声の輪郭もはっきりしている。

 でも、傷が癒えた訳じゃない。

 それに、目だってまだ─。


「メティスなら、後で来る」


 彼は自身のことよりも私の心情を慮る。

 その姿がなんだか痛々しくて、声が詰まってしまう。


「それまで、俺の背中で我慢してくれよ」


「......貴方は?」


「ディードだ。ただの人間だと思ってくれたらいい」


「これからどこへ?」


ジュニャお前の故郷と言いたいところだが、どうにも厄介な事態になってるみたいでな。これから向かうのは終着点とかいう掃き溜めだ」


 聞いた事のない地名。

 その名前から、おそらくあの地下のような場所なのだろうか。


「まあ。心配するな。そこは一時的に身を隠すだけの場所で、メティスが迎えに来ればまたあの森に帰れるさ」


 まるで全てを見透かしているような口ぶりに心が締め付けられる。

 

 そんなはずがない。

 なぜ、大精霊さまは、という疑問の答えを彼が持っている気がする。

 彼は─


「日に照らされた虚影が、自らも光だと誤想したですか」


 目が眩むような輝き。

 まさに眼前の太陽かと思うほどに。

 それは私たちの前に現れた。


「『天鏡ラティオナ』か。即座に分身を送り込むとは、さすが光の大精霊サマだな」


 光の大精霊?

 それは確か、調だったような......


「お前、。一体何なんだ?」


 光の大精霊の顔が鬼のようになる。

 さっきの美しい容貌がまるで嘘みたいになって、恐怖で息を飲んでしまう。


「いいや、。間違いなくね」


 彼の声が半音高くなる。

 まさか、


「なるほどです。どうやら、何かの手違いでが入ってしまったようです」


「なら、ここで始末するか?」


 彼は腰の剣に手を当てる。

 敵対しているの?光の大精霊と?

 もしかして、

 滅ぼされるべきだった私が?


「お前の存在はとなり得たです。故に、使のですが、とんだ骨折り損なのです」


「あの裁判ともいえない茶番劇のことか? あれじゃ下町の稚児だってつまらなくて鼻をほじるだろうよ」


 違う。

 彼女の敵意はあくまで彼に対してだ。

 私のことなんて


「結局、使ということですか」


「ご期待に添えなくてどうも」


「もういいです。。お前はもう用済みです」


 言いようのない不快感が胸を満たす。

 ってなに?

 それにって、まるで彼を道具みたいに。


「そのエルフを渡せば、命だけは見逃してやります。お母様は慈悲深いですから、無駄な殺生は好みません」


「聖光教のご本尊さまが悪役みたいな台詞を吐くなよ。これじゃ、まるで


 その瞬間、熱光線が彼の右膝を射抜く。


「ぐっ!」


「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ、ど低脳が。てめぇ、自分がしでかそうとしてることの重大さが分かってんのか? 、あぁ!?」


「だから、? 剣を握ることすら許されず、手足を縛られたまま光が来るのを待ち望んでいろと?」


 彼はよろめきながらも、私をそっと下ろして再び立ち上がる。

 その立ち込める闘志はまだ消えそうにない。


「王道を辿る過程である程度の礎は必要となるです。それは仕方の無いことで─「


 熱い。


「必要な礎? 人々に祈られ続けて神にでもなったつもりか? お前がやっている事はそんな大層なことじゃねぇよ。ただ、


 煮え滾るこの思い。


「いいか、!それが誰がための英雄譚であったとしても!」


 彼の叫びが私の心に響く。


「知ったふうな口を聞いてんじゃねぇぞ!」


 再び光の大精霊が指を構える。

 今の彼では回避は不可能!

 なら、私が風で手繰り寄せる!


「ッ!」


「ゼルフ......!」


 間一髪。

 私の腕の中できょとんとする彼の顔はなんだか間抜けで、なんだか先程の強面と打って変わって面白い。


「何のつもりなのです?エルフよ」


「私の両親たちもそうやって殺した礎となったのですか?」


 私の問いに彼女の額の皺が深くなる。


「それを今の貴女が知る必要は無い」


「ええ、それがということで結構です」


 未だに事態の全貌は掴めない。

 でも、一つだけ分かったことがある。


「掴まっていてください、ディード。振り落とされないように」


 それは、ディードが私の味方なんだということ!



















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