第39話

 歪められていく運命を彼女がただ黙ってみているはずがない。

 いつか、その代価を払う時が来る。

 世界を総べる王として。

 我が子を産んだ母として。


 抗えぬ刃が


 その心臓を貫くだろう




 ────


「ここだ」


 一見して廃屋のように見える建物だが、ディードは迷いなく中に入り、床下の扉を開けた。


 ここは本編でマルネイトの御子が監禁されていた場所だ。その犯人は副首領。。奴の慎重な性格なら貴重なエルフをここに隠すはずだ。


「うっ!」


 メティスは中から漂う臭いに顔を顰める。


「蛇麻樹の香が焚いてあるからな。嫌なら、ここで待ってろ」


「これしきのことで、僕が退くとでも?」


 ディードはその意固地な態度に微笑みを零しながらも、扉の先へと歩を進めた。


「三人か」


 ディードが見据える先には大層な鎧を纏った兵士が談笑していた。


 やけに人員が少ないな。

 ここが見つかるはずがないと見越しての配置か。

 これなら、いくらでもやりようがある。


 ディードは小石を拾い上げて、ちょうど彼らの真横の方から音がするように投げた。


 ─カラン


「誰─」


 声を上げる間もなく、ディードの掌底が一人目の顎を砕く。

 そして流れるように武器を奪い、


『虎牙閃突』


 臨戦態勢に入ろうとする二人目を吹き飛ばした。


「これでタイマンだな」


 狼狽える男を前に、ディードは剣を構えた。


「悪いとは思わないが、使


「こ、こんなガキがどうしてこんなところに......?」


『双乱斬』


 それに、なんでこんなに強ぇ......


 放たれたのは峰打ちだが、残された三人目の意識を刈り取るには十分すぎる二連撃であった。


「やるじゃないか。ほんの少し見直したよ」


 メティスが岩陰からのそりと姿を現す。


「そりゃどうも」


 ディードは兵たちの身ぐるみを剥ぎながら、空返事をする。


「見つけた」


 最初に倒した兵の腰から、鍵束を取り上げる。


「感動の再会まであと少しだ。ハンカチの用意でもしとけよ」


「それは楽しみだね」


 ディードは厳重な鉄の扉を開け、その先にある更に厳重な扉へと手を掛ける。


「誰?」


 隙間風かと思われるようなか細い声。

 どうやら気配だけで俺たちが奴隷商の仲間とは違うと気づいたらしい。

 本編でも見せた感覚の鋭さは昔からの特性のようだ。

 俺はその問いに答える代わりに鍵を開けて、扉を開いた。


「ゼルフ......!」


 メティスの目が見開かれる。

 弱々しく膝を抱えていた少女はまさしく滅んだはずのエルフであった。


「三十年前、西風の強い日に君は生まれた。故に、西風の御子ゼルフ


「大精霊、様?」


 光の無い瞳が揺れ動く。

 失った希望が小さな炎で照らされるように、徐々に光沢が宿っていく。


「エルフの名は皆、僕が付けてるんだ。誰一人として、忘れたことはない。よくぞ生きていてくれた。心から感謝するよ」


「ッぁ......!」


 彼女はメティスに飛びつこうとするが、足枷がそれを妨げる。

 それを見かねたディードは即座に鍵を使って、彼女を解放した。

 その瞬間、彼女は一心不乱にメティスに抱きつく。

 そして、堰を切ったように号泣し始めた。

 メティスもまた、優しい微笑みを浮かべて彼女の頭を撫でる。


 澱んだ空気の地下に温かな春の風が吹いた。



「帰ろう。僕たちの森に」


 その穏やかな雰囲気は小鳥のさえずりすら聞こえてきそうなほどに。

 メティスは泣き疲れ眠る彼女を背負い、ディードは何も言わずに先導する。


 廃屋を出ると、辺りは驚くほど静寂に包まれていた。

 市場から聞こえてくる喧騒、嗚咽、怒号。

 何もかも消え去って、まるで自分たちだけが取り残されてしまったかと錯覚する。


「なんて感動的な再会でしょう。さすがの私も涙がちょちょ切れなのですよ」


 目が痛くなるほどキンキラキンな縦ロール。

 瞳は十字星の輝き。

 幼気な容姿と声。

 とある界隈では絶大な人気を誇る彼女だが、その性格は可愛くない。


「ニル......」


 光の大精霊 ニル。

 ヴァーナと対をなす存在。

 闇が負の感情を糧とするのであれば光は正の感情によって培われる。

 その能力は攻撃、防御、回復と隙が無い。


「光の陰に生まれた忌み子が、役割を放棄して一体何をしようとしているのか。寛容なも流石にやりすぎだと仰ってますですよ」


 彼女は静かなる怒りをその声に込める。

 殺意に近しい敵意を、己のみに焦点を当て、見えない刃を心臓に突き付けた。

 そのとてつもない圧にディードは思わず、息を飲む。


ということは、?」


 メティスが鼻で笑うと、ニルの鋭い眼光が横にズレる。


。自ら定めた摂理に苦しめられるとはまったく皮肉な話だね」


「メティス、今すぐその娘を元の場所に戻すのですよ。 今ならお母様も質の悪い悪戯ということで許してくれます」


。ヴァーナだけならまだ取り返しがついたのかもしれないけど、疑念を抱いてしまっては彼女は玉座から降りざるを得ない」


「ならば、。今度は、ですよ」


 メティスは風を吹かせてそっとゼルフをディードに渡した。


「その子を頼んだよ。さすがにニルこいつは僕でも手に余る。負けるつもりはさらさらないが、君たちを庇いながら戦うのは正直無理だね」


 不遜な彼が珍しく弱音を吐く。

 それほど相手が強大であり、また事態が深刻であることをひしひしと感じさせる。


「出来ることなら、ヴァーナあの根暗の所まで逃げなよ。彼女の庇護下なら、こいつは干渉できないからね」


「ペラペラペラペラ、随分と余裕なのです。それを私が許すと思ってますですか?」


「行け!」


 メティスの掛け声と共に、ディードは地面を思い切り蹴る。

 その瞬間、眩い閃光が視覚を、空を裂くような破裂音が聴覚を蹂躙する。

 しかし、それでもディードは足を止めずに進もうとする。

 メティスは己を信じて、何よりも宝であるはずの彼女を託してくれた。

 ならば、己もメティスを信じる。


春導ルーラム


 優しい華の香りと共に、春一番がディードとゼルフを包み運ぶ。


「やれやれ、世話が焼けるね。これだから人間は」


 風と共に小さくなっていく二人を見据えて、メティスはフッと笑みをこぼした。


「でも、決して悪くはなかったよ。エルフの次くらいにはよかったと思えるぐらいには、ね」


「残念なのです。私、貴方のことを兄のことように慕っていたですが、まさかこの手で始末することになるとは思わなかったのです」


「嘘つけ。お前は自分が誰よりも優秀で、誰よりも愛されてると信じて疑わない面の皮が世界最高峰の傲慢野郎じゃないか」


「ちっ、うっせぇな!この悪臭チビスカシ野郎が!」


 ニルの態度が豹変すると、それに呼応するように辺りに光の魔力が充満し始める。


「来いよ。未熟な末っ子がどこまでやれるか、お前の好きな兄さんが試してやるよ」


















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