第38話

「ところで、何時メデンチ氏からエルフの話を?」


 男は突然足を止めて、ディードに問いかける。


「三日前だ。それを聞いてここへ飛んできた」


「そうですか」


 男は振り返り、腕を振り上げた。


「やれ」


 その合図と同時に四方八方から隠れていた覆面の亜人たちが飛びかかってくる。


 まずい!


「目障りだよ、お前ら」


 メティスが右手を握ると、純白の竜巻が彼らを呑み込んだ。

 ディードは即座に懐からマッチを取り出し、火をつけて竜巻の中に放り込む。

 すると、風の勢いは弱まり、やがて中からは満身創痍の亜人たちが姿を現した。


「何してんのさ?」


。だから、止めたんだ」


 それを聞くとメティスは嘲るように鼻を鳴らした。


「まさか、君が獣も殺せない甘ちゃん坊やだったとは」


。彼女を救うために誰かが死ぬ必要なんて無いからな」


 仲間であるはずの二人の間に緊張が走る。

 メティスは目を細め、ディードは力強く見つめていた。


「何をモタモタしている!?早く仕留めろ!」


 豚男が首を振りながら喚くと、背の高い一人の亜人が男の背後に現れる。


「貴様らに幾ら払ってると思ってるんだ!? これ以上、時間をかけるようならば奴隷にして売り飛ばすぞ!」


「黙れ。下衆な豚が」


 亜人はその鋭い牙で豚男の喉元に喰らいつく。


「ぐばっー!」


 その歯牙に掛かる直前、ディードの蹴りが豚の腹にのめり込み、彼を水路まで吹き飛ばした。


「何のマネだ?」


 亜人のフードの先から高い鼻がはみ出ている。

 また、その周辺には皺が寄っており、牙を剥いてディードを威嚇しているようだ。


「聞こえなかったか?って言ってんだよ」


 ディードは臆することなく、彼の瞳を見据える。


「カシラー!」


 隠れていた亜人たちが、フードの男に群がり始める。


「いいのかよ!? せっかくのシノギを捨てちまってよ!」


「構わない。どうせ、捨てられるのは俺たちの方だった。なら、俺たちから捨てたって変わりはないだろ?」


 騒ぎ始める亜人たちを気に留めることなく、メティスは吹き飛ばした男を風を使って水路から引き上げた。


「あらら、気絶してるよ。どいつもこいつも人間は軟弱だねぇ」


「何のあてつけだ。俺を見ながら言ったって大して響かねぇよ」


 そんなことは自分が一番分かってる。

 それよりも、何故俺の嘘がバレてしまったのか。


「エルフはつい昨日捕獲したばかりだ」


 フードの男がディードとメティスの間に割り込む。

 布から垣間見える薄紫色の瞳と白銀の毛は天女すら息を飲むほどの美しさを醸し出している。


「それなら、か」


 早計だったな。

 あの不可解な夢から勢いだけでここまで来たが、ここからはもう少し頭を使うべきだ。


「聞かないのか? 俺たちのことを」


 これからの事を思案していると、フード男が不満げに尋ねてきた。


「なんだ?話したいのか?それならあいつにでも話してやれ。暇潰しであの豚を殺しかねないからな」


「お前ー!カシラに偉そうにするな!」


 小さい狐が足元で騒ぐ。

 威嚇するかのように両手を上げると、乾いた枯枝でふくらはぎをつつき始めた。

 くすぐったい。


「悪い、周りくどかったな。俺はジェズ。この地下で亜人たちを取り仕切っている。さっきお前らを襲ったのも俺の部下だ」


 彼の視線の先には先程メティスにボロ雑巾にされた亜人たちが居る。

 特に致命傷を負っているような気配はなく、談笑をしながら仲間からの手当てを受けていた。


「お前が止めなかったらあいつらは死んでいた」


「だから、主人を裏切ったと?」


 メティスが豚を放り出して、会話に割り込んできた。どうやら、豚で遊ぶのは飽きたらしい。


「亜人、その中でも獣人は忠義に厚いと評判なんだけど案外冷たいんだね」


 どこでいつ聞いた評判だよ。

 森に引き篭ってたくせに。


だと? そんなもの、感じているわけないだろう。あくまで利害関係が一致した雇用関係だ。、こうやって金を得るしかなかった。だが、それも今日で終わりそうだ」


「義賊めいたことを言う割にはここで行われていることには目を瞑るんだね。所詮、下水道に棲む獣の─「そこまでだ」


 どうしてこいつはすぐに口論したがるんだ?

 煽るのは炎だけにしてくれ。


「いくぞ、メティス。足踏みしてるのが気に食わなかったんだろ?」


「それがわかってるのなら、どうして早く行動に移さなかったのかな?」


「悪かったよ。......じゃあな、ジェズ」


「待て! 場所は分かるのか!? あのエルフは通常の売場には居ないぞ!」


「あぁ、


 これ以上の停滞はメティスの機嫌を損ねるだけだ。悪いが、雑談は終わりにさせてもらうよ。

 俺がもう止まるつもりがないと分かったのか、ジェズはそれ以上何も言ってこなかった。


「意外だね」


 路地を曲がると、浮遊するメティスが頬杖をつきながら呟いた。


「てっきり、君なら「そんな仕事なんてやめろ!俺がお前たちを助けてやる!」みたいなことを彼らに言うかと思ってたけど」


「できないことをできると夢を見させることは簡単だ。だが、。だから、軽々しくそんな言葉を出すつもりはない」


 それがもし叶わなかった時、彼らは何も信じられなくなり、闇の中で黒い物を吐き出し続けるだろう。偽りの光のせいで、光そのものを憎んで、苦しみと絶望を誤魔化すために憤怒と憎悪に溺れていく。


「もし、君に力があれば彼らを救えたかもしれないとは思わないの?」


「それはお前が大精霊という尊大な存在だから言えることだよ。そもそも、目に入るもの全てを救おうってこと自体が烏滸がましいんだ。手を伸ばしてもいないのに、勝手に手を掴んで引っ張りあげる行為なんて、当人からしたら大きなお世話だろ。だから、彼らに俺は必要ない」


 

 少なくとも、彼らは彼らなりに足掻こうとしていた。

 それを勝手に哀れんで、知ったふうに手を貸すことは彼らの精神を蔑ろにしている事に他ならない。

 彼らは決して無力ではなかった。

 現状に抗う意思を持っている。

 歩める足を取り上げて、勝手に背負うことは単なる自己満足に過ぎないのだ。


「俺は黙って自分のやるべきことをやる。それでいいんだよ」


 それこそが、俺が彼らにできる精一杯の手助けだ。


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