第36話
「随分とズタボロにやられたね」
意識の世界で、彼は呆れたように笑っている。
「謝らねぇぞ。これはお前が俺に任せた結果だからな」
「責めるつもりないよ。たださ、よく耐え抜いたなぁと思っただけ」
「よく言うぜ。自分にだって共有されてたのによ」
彼は起きている。
故に、感覚は同じように感じる。
それでも、彼は文句も言わずに付き合ってくれているのだ。
「この痛みを感じてるのは独りじゃないって考えたら、不思議と心強かった。お前のおかげだよ」
「そう言って貰えると嬉しいな」
しばらく談笑していると、頭上にある光が強くなってきた。
「お目覚めの時間か、それじゃ行ってくる」
「うん。僕はいつでも君と一緒だから、それを忘れないでね」
「当たり前だよ」
手を振り、別れる。
一瞬の暗転の後、視界には青空が広がっていた。
「おはよう、熱血男くん」
「これは...痛!」
身体を起こそうとすると、激痛が走る。
視線を落とせば、大きな葉っぱで包まれていた。
「よくもまあ生き残ったものだよ。僕は絶対手遅れだと思いながら処置してたんだけどさ。悪運は強いんだね、君」
「ありがとう、メティス。俺の我儘に付き合ってもらって」
メティスは礼に答えることなく、無言で粘着物を俺の身体に塗りたくった。
「いだぁ!」
「君が勝手に死ぬのはいいんだけどさ、その後が面倒なんだよ。なにかおかしいと思って、探ってみたら既に彼女の唾付きじゃないか」
「つぅ......それはヴァーナのことか?」
「はぁ、もういいよ。説明するのも面倒くさい」
彼は塗り終えた後、動作の乱暴さとは裏腹に優しく葉を閉じた。
「君さ、マッチを持ってるだろ?」
「あぁ」
これはヴァーナに頼んで必要な道具を可能な限り見繕って貰ったときに手に入れた物だ。
剣や防具などは無理だったが、小物類はそれなりに貰えた。
マッチも二箱ほど残っている。
「なんで使わなかったの?それを使えばもっと容易に対処できたはずだ。風の精霊は火を怖がる。たとえ、それがマッチ程度の小さな火だとしても」
確かに、これを使えば風の軌道の変えるのは容易いものだったのだろう。だが、
「お前の好きな森を燃やすのが忍びなかったんだよ」
そう言うと、メティスは目を丸くした。
そして
「あっはっはっは!」
彼らしからぬ豪快な笑い声をあげた。
「あの女の影がチラついたから君のことは嫌いだと思ったけど、やっぱり悪くないね。面白い人間だよ、君は」
パサリと顔に何かが被せられる。
「もう受け取る者がいない代物だと思ったけど、君にならあげてもいい」
『春風の帽子』か。
ありがたく受け取りたいところだが、これは俺が受け取るものではない。
「生きてるぞ。エルフの血はまだ絶えていない」
冷たい風が目に染みる。
「冗談にしては面白くないね」
「今はどこに居るかは分からない。だが、いずれ王国でとある貴族に飼われることになる」
「また君のことが嫌いになりそうだよ。いい加減、質の悪い作り話は止めろ」
「名前は『ゼフル』。西風の強い日に生まれたから、そう名付けられた」
「そうかい。それがもし嘘だったら、森の肥やしにしてやるよ」
彼は怒りを滲ませながら、姿を消した。
鳥の声が響く森に一人。
凍えていた身を温かい何かが包み込んで、心地が良い。
さっき目覚めたばかりなのに、もう眠たくなってきた。
─────
─────────
「ぅぅう.......」
誰かの啜り泣く声が聞こえる。
ディードではない。
少女の声だ。
「母様......」
薄暗いテントに檻。
そして、雨上がりの土の匂いに獣のような馨しい臭い。
ここは─!
「ちっ!誰だよ!ランタンの火をつけっぱにしてる奴は!」
苛ついた男の声と共に、視界は再び闇へと落ちた。
─────
──
「マルネイトか......!」
確信に近い目覚め。
ディードは軋む身体を起こして、大きく息を吐く。
ここからマルネイトまで普通に歩けば数週間、今の体では月を跨ぐことになるだろう。
その間に彼女は売り飛ばされるかもしれない。
「ぐぐっ!」
モタモタしている暇はねぇぞ!
動け!身体!
「マルネイトで間違いないんだね?」
いつしか姿を現していたメティスが面倒くさそうに溜息を吐いた。
「楽にしてなよ」
彼はディードを抱えると、一気に空へと上昇した。
「うおお!」
ミシミシと身体が悲鳴を上げる。
楽に出来ねぇよ!
そんなに一気に上がられたら負荷がやべぇよ!
「軟弱だねぇ」
「それが怪我人に対して掛ける言葉か?」
「そんなことよりさ、案内は頼むよ。生まれてこの方、あの森からは出たことないんだ」
「嘘つけ。暇さえあればこうして奔放してるだろうが」
「あ、もしゼルフのことが嘘だったらその場で獣の餌にするからよろしく」
「お前、他人の嘘には厳しすぎだろ!」
自分に甘く、他人に厳しいメティスに辟易しながらも束の間の空の旅を楽しんだ。
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