第35話
青い風が靡く森奥に目を閉じる。
賢なる東風の答えは既に与えられている。
彼と出会った時に吹いていた春風こそが、この試練の解なのだ。
つまり、彼と再び出会えば良い。
「悪いが、悩んでる振りをする時間すら惜しいんだ」
本来、彼の試練は謎解き要素が強く、森の中にランダムに配置された碑文を組み合わせて正解の場所を導き出すのだが
「『隼脚』」
初回だけは固定だ。
「......やっぱり、知ってるんだ」
墓の前に鎮座するメティス。
そこには彼が愛していた者たちが眠っている。
愛おしそうにそれを撫でた後、こちらに振り返った。
「ディード・オルネーソ。運命の日に生まれ落ちた不運な人間よ。生まれ落ちた新たな王は全ての光を飲み込み、他の者を影に落とした。王の親もまた、それを知りつつ、保身のために我らに縋った」
「何の話だ?」
「いや、僕が話すべきではないな。適任者はいつまでも皮を被っている臆病な少女だね」
白い風が頬を叩く。
彼の眼光は気を抜いていた己の精神を張り付かせた。
「たとえ、君が全てを知っていようとも関係ない。知っていたところで、僕がやるべきことは変わらないからね」
轟々と唸る風。
渦巻くようにそれは質量を持ち始め、目に映るようにまで大きくなる。
「ここで死ぬようなら、どうせ彼女に殺される。気合いでもいいから耐え抜いて見せてよ。そういう言葉はあまり好きじゃないんだけどさ、あえて使うね」
まぁ、会うだけだなんてそんなに甘くはないか。
身を屈めると同時に、背後の木々が切り別けられる。
「どんどんいくよ」
風の刃が縦横無尽にばら撒かれる。その形はそれぞれ歪だ。
『
この魔法は個々の威力のバラツキが大きい。なら、
「しっ!」
小さいものは投擲物で相殺できる!
「『瞬転』」
消えた風の隙を縫う。
この魔法はレベルが上がれば威力は等しくなるのだが、それは彼なりの優しさなのだろう。
「ふぅん、土塊を投げつけて軌道を僅かに逸らしたのか。悪くは無いけど不格好な対処だなぁ」
なんとでも言え。
これが俺なりの戦法だ。
「それじゃあ次はこれだね」
彼は目にも止まらぬ速さで己の懐に潜り込んだ。
「歯、食いしばりなよ」
逆だ!
脱力しろ!
『
巻き上がる身体。
その流れに逆らってはいけない。
指先一つも動かすな。
「ふっ!」
上昇気流が消え、地面に激突する瞬間に小刻みに受身を取って、衝撃を分散させる。
「なるほど、流れに乗ることで逆に刃から身を滑らせた。魔力がない故に可能な発想だ。理解が深いね。君が風を扱えたならどんなによかったことか......」
「お世辞は結構」
ここまでは無傷。
だが、彼がこの程度で終わらせるはずがない。
「どこまでいけるのか、試してみようか」
彼が人差し指を立てると
「ぐぇ」
腸が捻れるほどの突風に吹き飛ばされた。
「ぶはぁ!」
胃液の塊を吐き出す。
チカチカと明滅する視界。
内臓は無事。
「ほら、休んでる暇は無いよ」
薄皮に刃先が突きつけられる感覚に飛び退く。
反射的に動いていなければ右耳はそのまま斬り飛ばされていたに違いない。
「『隼脚』!」
見えない!
密度だけを高めた風の刃は姿を消して、襲いかかってくる。
常人なら魔力を感知して、回避するのであろうが俺にとってそれは不可能な芸当だ。
なら、
耐え忍ぶのみッッッ!!!!
歯を食いしばって腰を落とす。
顔や首といった急所を腕で守り抜く。
「ぐぅぅぅ!」
荒ぶく嵐は確実に皮を切り裂き、肉を削る。
「さて、この辺りで終いかな?」
まだだ!
俺はまだやれる!
俺の意思に呼応するように風はさらに踊り始めた。
「ッ!止まれお前ら!」
赤い霧が渦巻いてもなお、風は勢いを増していく。
だが、ディードの表情は苦痛に満ちたものではなく、未だ闘志に燃えているものだった。
「どうした、その程度か。これじゃあそよ風と大して変わらねぇな。てめぇらの風はそんなもんかよ。やってみろよ、
その声に風の精霊たちは躍起になる。
その威力は『
「止めろって言ったんだ!」
メティスが両手を打ち付けると、風は途端に止んだ。
風の繭が開かれると、そこには血塗れになったディードが立ち尽くしていた。
「何してるんだよ、君は......!」
「あの、嵐の、中、でさ、ふと、思った、んだよ」
口を開く度に、血の飛沫が辺りに飛び散る。
「ケジメ、あの時の、自分、に......」
崩れ落ちるディードをメティスは風のクッションで受け止めた。
「人間の割には賢い奴だと思ったんだけど」
彼は忌々しげに眉を顰めた。
「やっぱり僕の嫌いな奴にそっくりだ」
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