第33話
「心配かけたな」
起きてみれば弾は全然致命的ではなかった。確実に死んだと思っていたが、脇腹をちょっと貫通したくらいだ。きっと、ディードが俺を救ってくれたのだろう。
「ほんまに兄ちゃんが無事でよかったわ」
笑顔の彼女から漂う血の臭い。まさか─
「馬鹿野郎......」
「なんでそんな苦しそうな顔するんや? まさか、まだどっか痛むんか?どこが痛いんや!ウチが治したるで!」
「どうして殺してしまったんだ......」
周囲を見渡せば、頭部のない死体が辺りに散らばっていた。
「報いや。ウチの大事な仲間をこんな目に合わせたクズ共がのうのうと生きていけるわけないやろ。なぁ?」
ハイタが少女に問いかけると、少女はぎこちなくコクンと頷いた。
「お前の気持ちはありがたい。けど、もうこれ以上、誰か殺そうとするな。頼む」
「甘い、兄ちゃんの考えは甘すぎる。この世界は殺すか、殺されるか なんや。兄ちゃんの考えでは、またいつかさっきみたいに殺されてまうで」
「殺させないさ。俺もアイツも、もう誰もな」
俺が宥めるようにハイタの頭に手を添えると、彼女は物悲しげな笑みを浮かべて俯いてしまった。
「...そっか、兄ちゃんは分かり合えたんやな。もう一人の自分と」
「大丈夫だ。お前だっていつかきっと、シャトンと─「無理や」
ハイタは声を震わせながらその手を優しく振り払った。
「あかん。やっぱり、ウチに兄ちゃんは眩しすぎる」
溢れ出した涙は大地を黒く染めあげる。
「お姉ちゃん......?」
少女が心配そうに首を傾け、ハイタへと歩み寄ろうとした瞬間
少女が闇へと沈んでいった。
「まずい!」
ディードは少女が完全に飲み込まれる寸前、その手を掴んで抱き上げる。
「ゲホッ!ゲホッ!」
少女は苦しそうに咳き込みながら、黒い物体を吐き出した。
「見えないよ、お兄ちゃん.......」
少女の眼は闇に飲まれ、黒い涙を流す。
彼女は完全に闇の魔力に当てられていた。
「ハイタッ!」
怒号混じりにその名を呼ぶが反応は無い。
「ほんの少し語らうだけで心変わりするとは所詮、その程度の覚悟だったわけだ。それで力を与えたところで、どうせ犬のように斃れるのが顛末だろうて」
「シャトンか......!」
「シャトンは、シャトンだけの力でその目的を果たす!お前らは目障りだ!消えろ!」
闇の魔力が膨れ上がり、徐々に辺りを飲み込んでいく。
「それはちょっと困るんだよねぇ」
突如、二人の間にヴァーナが割り込んできた。
「強すぎる光は時に闇を濃くするのみに留まる。どうやら、今回は悪い方向に働いちゃったかぁ」
「暢気に話してる場合か?シャトンはヴァーナでも容赦しない。退かないなら殺す」
「もちろん、退散するよぉ。この子たちも連れてねぇ」
そう言うと、ヴァーナはディード達を連れて消え去った。
「チッ」
シャトンは舌打ちをして、練り上げた魔力を落ち着かせたのであった。
「いやぁ、危機一髪だったねぇ」
ヴァーナは汗を拭う仕草をして、大きな息を吐いた。
「頼む!この子、闇の魔力に蝕まれているんだ!お前の力で取り払ってくれ!」
「はいは〜い。お安い御用だよぉ〜」
ヴァーナが指を振るうと、闇は風に吹かれていくように少女から離れていった。
少女は闇が取り払われたことで、落ち着きを取り戻し、安心したのかスヤスヤと眠ってしまった。
「ありがとう、ヴァーナ。助かったよ」
「いいんだよぉ、あの場で君を見殺しにしたら今度はハーバラに殺されるからねぇ」
ヴァーナは照れながらクネクネと身体をくねらせる。
「それよりも君、彼と和解できたんだねぇ」
ヴァーナは身体をピタリと止めて、目を細めた。
「対立意識のある人格同士は互いを食い潰して、一方が消えるか相討ちで廃人か、というのが定石なのだけれど、君たちは互いに互いを尊び、そのわだかまりを見事に解消した」
「お前はこうなることを見越して、俺に早くアイツに会えと言っていたのか?」
「いや、正直ここまでは想定外だねぇ。初めは、ハイタとシャトンのお手本くらいになればいいかなと思っていたんだけど、あまりにも上手く行き過ぎた。結局、ハイタの神経を逆撫でするという不本意な結果になっちゃったんだよねぇ」
ヴァーナはボサボサの髪を弄りながら、一度視線を外し、再び戻す。
「私はハイタもシャトンも幸せにしたい。それが、どうしてこんなにも難しいことなんだろうねぇ」
彼女の物憂げな表情は、それが決して嘘では無いことを如実に物語っていた。
「君の存在はこの世界にとって劇薬だ。光ともなれば闇とも転じる。それは私たちにとっての光か、それとも奴らにとっての闇か、そのどちらでもないか......」
「何が言いたいんだ?」
「何も分からなくなったってことさ。君たちはもう軌条から抜け出した。それは誰かさんのお人形遊びに幕を降ろそうとしていることに他ならない」
その誰かの正体は、おそらくきっと──
「覚悟はできてるって顔をしてるね。この世界を敵に回す覚悟が」
「俺の夢は俺たちの夢になった。もう、止まるつもりはない」
「なるほどねぇ。通りで、あの子が執着するわけだ」
ヴァーナはやれやれと首を振る。
「まず、闇の魔力は当人の精神状態と深く関係している。対となる光の魔力も然り。闇は負の感情を糧とし、光は正の感情を糧とする」
ヴァーナは唐突に魔力について説明をし始めた。
その真意をディードは掴めないが、彼女の真剣な顔つきからして、小言を挟む気にはなれない。
「故に、闇の大精霊である私と光の大精霊であるニルは精神面に関して聡い。だからこそ、君の中に眠っている彼の存在を感知できた」
「ハイタとシャトンもか?」
彼女は肯定の意思を持って首を振る。
「私はどちらが本物なんて言うつもりはない。ハイタはハイタであり、シャトンはシャトンなんだよ」
そうだ。彼女たちは、二重人格ではあるが通常とは少々異なるケースだ。身体的には繋がっているが、精神的には互いに独立している。
まさに、俺とディードのように。
「それも、わかってるって顔だね。君はひょっとして全部知ってたりする? なんてね。どうせ、知っていたところで、どうにもならないしね」
彼女は絶望と諦観が入り混じった声を漏らす。
「それは、まだ分からない」
「お、良い返しだねぇ。こりゃ、一本取られたかなぁ」
彼女は頭をポンと叩いて、天を仰ぐ。
「君たちとあの子たちは似た者同士だったんだよ。だからこそ、ハイタは君に入れ籠んだ。君、ここへ来てすぐにあの子に見つかったでしょ?それほど、彼女の嗅覚は過敏だった。同じ苦しみを分かち合える同志だと思ったんだね」
彼女の言葉を聞く度に、大きく見えていたハイタの姿が縮んでいく。
幼くして裏社会を牛耳るドンではなく、孤独という闇の中で膝を抱えている少女の姿が脳内に浮かぶ。
「同じ道を歩いていると思っていた君が、一気にその先へと行ってしまった。その事実が彼女の孤独感を更に加速させることになった」
それじゃあ、つまり俺が彼女を─
「勘違いしないで。君のせいだって言ってるわけじゃない。君は君で、なるべく早く解決すべきだったことに間違いはないから。それは、このヴァーナが保証するよ」
それに、とヴァーナは手を組み直す。
「人格が入れ替わるトリガーは自我の脆弱化。簡単に言えば、自己肯定感が弱まるともう一方が出てくるってこと。君には何となく分かるんじゃないかな?」
確かに、以前の俺たちはそうだった。ディードは言わずもがな、俺に関しても弱った時に彼が顔を出していた。
待てよ。それじゃあ、シャトンは─
「本当は、どっちも か弱い乙女だっていうのに、運命のせいで強くならざるを得なかった。繕って、繕って、出来上がったのは大きな仮面。二人とも、その仮面の下で泣きじゃくってる。でも、私の手はその涙をすくいきれない。闇の私では、あの子たちの光にはなれないんだよ」
いつしか、ヴァーナも大粒の
「だから、お願い。私じゃあ、概念という法則に囚われた私じゃ無理なんだ。運命に抗って歯車を狂わそうとしている君たちにしか、もう頼めない。君たちが、あの子たちの
心配するな。俺の答えはもう、とっくに決まっている。
─うん。僕も同じ答えだよ。
「「勿論」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます