第30話
「
「どいつもこいつも、みーんな親から捨てられた。それどころか、親の顔すら知らんやつもおる」
この長い路地には蹲る少年少女たちが何人もいた。
「ウチやって、物心着くまでヴァーナに世話して貰っとった。正直言ってズルやな。この子らは今日の飯すらありつけるかどうかもわからんのに、ウチは美味い飯よーさん食っとったわ」
「その後ろめたさから、組織作りをしようと?」
俺の問いにハイタは恥ずかしそうに笑いながら否定した。
「それとはまたちゃうな。これはな、ちょっとした乙女の夢や。家族っていうものがどんなんなのか、ウチは知りたいんや」
随分と正直な少女だ。だが、その素直さに惹かれた者が影鬣犬に加入してきたのだろうか。
「一人は怖いねん。おんなじ身体におるのに考えとることが全然違う者がおる。そんで、知らん間に意識が無くなって、気ぃついたら誰かを殺しとった事もあった。それをな、ヴァーナは肯定すんねん。そのままでええって。ウチは何も考えんでええって」
豪胆な彼女がここまで弱さをさらけ出すとは。でも、何故かただ弱いだけではないと、そう思わざるをえなかった。
「兄ちゃんは考えたことあるか? どっちが本物やろって。ウチとシャトン、兄ちゃんともう一人、どっちかが勝手に身体に入ってきた偽者なんちゃうかって?」
その答え、俺に関しては明白だ。ディードが本物で俺が偽者。その事実だけは断定できる。だが、ハイタとシャトンに関しては答えることができない。
「ヴァーナの態度を見とると多分、ウチが偽者なんやなと思う。兄ちゃんは知らんやろうけど、あのアホは明らかにシャトンに対して好意的やからな」
それはそうだ。何故なら、ヴァーナもとい闇の大精霊が寵愛していたのは......。
「けどな!」
ハイタはこのどんよりとした空気を掻き消すような大声を出す。
「ウチはウチや!そんな訳分からん理由で、身体を盗られるわけにはいかへん!それに、アイツらの思い通りに事が運ぶことが気に入らん!やから、ウチはウチで好きにやらしてもらうで!」
やはり、ただでは転ぶつもりは無いらしい。
「ウチは誰にも愛されなかった。だから、せめて誰かを愛してみたい」
あぁ、この子は強いな。愛を知らずに生まれて、今この時までずっと孤独だったのに。それでも、誰も恨まず、何も憎まず、ただ純粋に、ひたむきに光を追い求めているんだ。
「さすがに家族とまではいかないが」
彼女の頭にそっと手を添える。
「友人にならいくらでもなってやるよ」
「兄ちゃん......」
彼女の瞳に光が宿る。闇夜が太陽に怯えるように、影はどんどん縮んでいった。
「死ね!」
その静寂を突き破るように、物陰からナイフを持った男が特攻を仕掛けてきた。
「『來返』」
気配は感じていたので、反撃は容易だった。ただ、この雰囲気をぶち壊した事に関しては最悪だ。万死に値する。
「ぐあッ」
「ッ!」
しまった!浅い!
「『
黒い霧が男を覆うと、グシャリと音を立てながら四肢を圧縮した。
「今ええとこやったやろ。ウチ、空気の読めん奴が一番嫌いやねん」
ハイタの怒りに呼応するように、闇の魔力が研ぎ澄まされていく。
「お前が去ねや」
「殺すな、ハイタ!」
ディードの叫びにハイタはビクンと驚いて、その動きを止めた。
「お前が殺せばシャトンが強くなる」
魔族の魂は殺した者の数だけ強くなる。彼女が人を殺せば、それだけシャトンが力を増すことになる。
「せやけど....」
「奴は再起不能だ。もうまともに歩けやしない」
男を一瞥すると、彼は泣き喚きながら助けを乞うていた。
「兄ちゃんが言うなら、我慢するわ」
ハイタは歯噛みしながら、その腕を静かに下ろした。
「動くなよ、ガキ共。指先一つでも動かせば、こいつの首を掻っ切る」
完全に油断していた。先程の男は陽動だった。真の狙いは人質を取ること。俺たちに反撃の余地を与えなくすることだった。
「お前がハイタだな?ここ最近、終着点を荒らし回ってるクソガキが」
この男、『運び屋』のバイソンだな。本編時は運送業の帝王として移動などの手助けしてくれたが、その下積みは闇社会での汚い商売か。
「お前の方がクソや、おっさん。ウチはな、お前みたいな大人が一番嫌いやねん」
「嘗めた口聞くなよ。こいつの命は今の俺の機嫌次第だぞ」
バイソンは人質の首の皮をほんの少し削いだ。
「お、お姉ちゃん......」
その子は嗚咽を漏らしながら、助けを懇願してくる。その姿に、俺とハイタは唇を噛み締めるしかなかった。
「着いてこい」
抵抗の意思を失ったと見たバイソンは首を振って、こちらを促す。
「すまんな、兄ちゃん」
ハイタが申し訳なさそうに俯くが、俺は構わない。
「大丈夫だ」
きっとなんとかなる。
その思いとは裏腹に、不安は徐々に黒く染め上げられていく。
攻撃時、手足の自由が効かなかった。
ディード、お前は一体何がしたいんだ?
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