第28話

終着点の夜は一段と闇が深い。それは闇の大精霊のせいとかではなく、単に光源が少ないという理由だからだ。

そして、この今にも崩れ落ちそうな荒屋が此処にとっては高級宿にも等しい。


あんちゃん、魔法が使えんかったんやな」


ハイタは火を弄りながら、ポツリと呟いた。


「失望したか?」


やな。この世界で魔法が使えへんのはのと同じや。そこら辺の獣でさえ使えるのに、あまつさえ貴族やった兄ちゃんが使えんとなると、今までどんな人生送ってきたかなんて考えるまでもあらへんわ」


「俺も、お前がそこまでとは思わなかったよ」


火に照らされる影が一層大きくなる。


「この世界が憎いか?」


「それはに聞いとるんや?」


ハイタの影はやがて屋根を呑み込んだ。そして、隙間から覗く星のきらめきさえも、黒く染めあげていく。


にだ」


俺の言葉に彼女は目を丸くさせた。そして、数回ほど呼吸した後に、静かに首を振って否定した。


「アンタほんまに何者なんや?なんでウチのこと、こんなに知っとるん?ヴァーナから聞いてたんか?」


「そういうことにしといてくれ」


そして数分の沈黙が訪れる。パチパチと薪が弾ける音だけが耳に残り、心地よい眠気をもたらす。

もう眠ろうか、と思った折にハイタはおもむろに口を開いた。


「兄ちゃんは憎くないんか?」


「そうだな......。憎しみというよりは」


─ごめんなさい


だな」


風も無く炎が消えた。瞼が早く閉じろと催促してくる。

ああ、眠いな。思っていたより疲れていたんだ。明日は、もう少しヴァーナから情報を引き出してみるか......


「なら、『シャトン』の手を握るといい」


その声に背筋が凍る。今まで身を包んでいた眠気が一気に消し飛んでいった。


「ハイタ......?」


ことは承知ではあるが、念の為に確認しておく。


「シャトンはお前の力になれる。お前が望むならば、シャトンは協力してやろう」


間違いない。今はもう一つの人格『シャトン』が出てきている。

この『シャトン』こそ、『グレイロード』のラスボスである。

『ハイタ』は『魔族』へのを起こしていた。そして、『シャトン』は魔族の人格であり、一族を滅ぼした人間への恨みを抱いている。それが彼女の設定だ。


「どうした?シャトンの力が欲しくないのか?」


その声に従って、腕が勝手に動いてしまう。『ディード』が彼女の力を求めている。

しかし、その手を伸ばしてしまえば終わりだ。結局、彼女に利用され尽くして、惨めな最期を迎える結末になる。


「ハイタは平穏を望んでいた」


「?」


彼がここで目覚めてしまえば、後は破滅に向かうだけだ。なんとか、なんとかしてそれだけは避けなければ!


「この汚い貧民窟でも、それなりに幸せを感じていたんだ。影鬣犬という家族と共に生きているだけでな」


だが、俺に出来ることはこうして『ハイタ』が出でくるように促すしかない。頼む!ハイタ!聞こえていたら反応してくれ!


「お前、一体何言ってる?ハイタは独りだ。いつもいつも孤独で、家族なんていない。ハイタはこの世界を憎んでいる。だから、シャトンもこの世界が憎い。だから、この世界にする」


「違うだろ?それはだ。ハイタは関係ない。彼女は彼女なりに幸せを掴むために必死に足掻いているんだ。それをお前の勝手な恨みで邪魔をするなよ」


「黙れ!お前は何なんだ!お前こそ、をしているだろ!」


それを肯定するかのように、身体の制御が一気に効かなくなる。ダメだ。肉体の主導権が今、ここで変わ──


─シュボッ!


消えていた焚火が突然として天を穿つように燃えさかる。


「ぎゃっ!」


その勢いに驚いたシャトンは顔を伏せたと思うと、そのまま膝を着いてしまった。そして、脂汗を滲ませながら、ゆっくりと顔を上げた。


「あ、兄ちゃん、意外と熱い事言うやんけ......」


彼女は『ハイタ』へと戻っていた。シャトンの動揺がトリガーとなり、人格が入れ替わったのだろう。

それに伴い、も奥底の方へと戻っていった。


「影鬣犬、ええ名前やな。ありがたく使わせてもらうで。そんで、その名付け親である兄ちゃんも─ってウチ、このはなししたか?これ、ヴァーナにもまだ秘密にしてたことなんやけど?」


おっと、焦って話しすぎた。ヴァーナという言い訳も潰されたし、なんて取り繕おうか......


「会った時にについて話してくれただろ?」


「そうやっけ? ま、ええか。知っとるちゅうことはそういうことやもんな」


ほっ、なんとか誤魔化せたな。


「それにしても、シャトンに物怖じせずによー喋れたな。見くびっとったわけやないけど、ちょっとびっくりやわ」


そうしないと一貫の終わりだったからな。そりゃ必死にもなるさ。


「アイツは見るもん全てが敵やと思うとる。それはウチにしても同じや。肉体が一緒なだけで、別々やったら殺しに来とるやろうしな」


「怖くないのか?」


「怖い......か」


彼女は考え込んでから、フッと笑みを零した。


「そんな感情こと、考えたこともなかったわ」


「そうか......」


その日はそれで会話が終わった。

彼女はすぐに寝息を立て始めたが、俺はどうにも眠れない。目を閉じれば、忽ちが闇から這いずり出して、絶望そちらへと引き摺り込んでくる気がしたから。






















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