第27話

「なあなあ、何処に行くん?そっちには何もあらへんよ」


 いくら無視しようが、ハイタは俺に引っ付いてくる。声色も表情も変わらない。


 "無"


 取り繕った感情は人並みにあるが、応用が効かないといったところか。


「ハイタ」


 闇の大精霊に見初められし少女。やがて、『シャトン』となる君の目には何が映っている?


「あ、やっとこっち見てくれた」


 瞳の奥で澱んだ闇が胎動していた。それは今にも溢れ出しそうなほどに。彼女は生まれたことがだった。


あんちゃんの目、


 彼女は心底嬉しそうに微笑んだ。


「黙って着いてこい」


「はいはーい。全く冷たい男やで」


 終着点の空気は汚い。だが、ある場所のみ、

 十字路を三回右に曲がった角の突き当たり。落書きのある壁に向かって、


「これやろ?」


 彼女は指を噛み、血文字で円を描き、それを十字に切った。

 すると、ある場所に転移する。それ即ち、


「見込み通り、ウチと同じやったんやね」


 殿へと辿り着いたことになる。



「アイツとは産まれた時からずっと一緒やもん。会うもクソもあらへんよ」


 彼女はカツンと足音を響かせて、中で眠る者に来訪を告げる。


「ハイタァ?」


 眠り眼を擦りながら、彼女は遂に姿を現した。

 ああ、待ちに望んだ精霊よ。大精霊よ。ようやく、その姿をこの目に焼き付けることができる!


「あ、あれぇ?」


 病的な程に深い目の隅、何本にも傷んだ毛先、粘着質な笑みを浮かべ続ける口元、それは間違いなく彼女が闇の大精霊であることを示している。


「き、君ってだよね?」


 は恐怖なのか、それとも絶望なのか。憎しみ?怒り?悲しみ? 或いはその全てか?


「は、ふ、え?な、なんでこんなとこに居るの?」


「なんや、ヴァーナの知り合いやったんか?」


 闇の大精霊、その化身体であれば魔力のない俺でもその姿を捉えることができる。この世界に目覚めてから五年、怪我の功名といえどようやくその目的まで近づくことができた。


「単刀直入に聞く。使?」


 俺の言葉により、一瞬の静寂が訪れた。そして、おもむろに彼女の口が開かれる。


 だから


「─ッ!」


 喉奥に熱が帯びる。駆け巡っていた思考は怒りの感情のみを許し、理性を忘却の彼方へと弾き飛ばす。気がつけば、


「いきなりとは穏やかやないのぉ?兄ちゃん?」


「お前に何がわかる?たった一つが無かっただけで、全て失ったの気持ちを。それをで片付けられた男の苦痛なんてに分かるはずがないだろ」


「兄ちゃんこそ、ウチの何が分かるんや?」


 眼から闇が溢れ出す。握り絞められた手首はミシミシと音を立てて、潰れ始める。だが、そんな痛みなど今の俺には関係の無い話だ。


「お、同じ...。君もハイタと一緒なんだね...。一つの肉体に二つの魂。。そして、眠りから覚めたが徐々にを蝕んでいく......」


 グヒヒ、とヴァーナは気味の悪い笑みを零す。


「抗う必要はないからねぇ。それは本来の姿に戻ろうとしているだけ。ぁ。ウヘヘ、いい感じの闇。今すぐにでも染め上げたいよぉ」


 深淵が笑いながら覗き込む。鼻先から踵まで、全てが見透かされているようで恐ろしい。恐ろしい恐ろしい恐ろしい


 ─チリッ


「熱ッ!」


 突然、彼女は鼻を抑えながら飛び退いた。


「こ、この炎......。君、もしかして──」


 何かを言いかけた彼女はそのまま口を噤んだ。


「ハイタ、離して」


「あのな、ヴァーナ。こういうのは─「離して」


 ハイタはため息を吐きながら渋々従った。解放されたディードは手首を捻りながら立ち上がる。


は何を望む?」


 蠢く闇が彼の意志を諮る。


だ」


 即答。その答えに彼女は呆れたような笑みを浮かべた。


「え、なになに?どういうことなん?意味分かってないのウチだけ?」


 ハイタは困惑し、キョロキョロと二人の様子を窺う。


「光と闇。闇はこの子で、光はっていう筋書きだけど、本当の光は君になるのかもしれないねぇ」


「ッ!?その光って─」


 ヴァーナはディードの口をそっと塞いだ。


「曰く、『光は闇を憐れみ、闇は光を羨む』。互いにおもえど、決して相容れるものではない。故に、その末は闇の破滅で結ばれる。私はそれを許すつもりは無い」


「余計に訳分からんわ!」


「まずは会ってきなよぉ、にさぁ。話はそれからだねぇ」


 クツクツと笑いながら、ヴァーナは姿を消してしまった。


「いつにも増して意味わからんわ。なぁ、兄ちゃん。兄ちゃん?おい、何をボケっとしとるんや?なあ!?」


 ディードは立ったまま呆けていた。いくらハイタが呼びかけようとも反応しない。


 ─ごめんなさい、ごめんなさい


 頭の中で鳴り響く声が外的音源を全て遮断していたからだ。


「『ディード』」


 彼の呼びかけに闇の中の少年はほんの少しだけ一瞥を送ったが、すぐに融けて消えてしまった。




















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