第24話

 あれから1ヶ月


 初日の騒動が嘘だったかのように平穏な日々が過ぎていった


 そして、散っていった戦友たちを後にして、俺たちは王都へと帰還した。


「やあ、待ちくたびれたよ。ディード君」


 自分の部屋に戻ると、殿下が眠っていた。俺のベッドで。


「お、お久しぶりです。何故ここに殿下が?」


「つれないなぁ。急な来訪など友人として茶飯事だろう?」


 相変わらずな変人ぶりだ。それに何だか安心感を覚えるのが少し悔しい。


遠征あちらでのことはおおよそ聞き及んでいる。気にする事はない。君はまだ10歳だ。言うなれば若さへの僻みだよ。若くて伸びしろのある君へね」


「カルマローネ殿も十分若いと思いますが」


「いいや。僕らとは一回りも歳が離れているんだ。うーん、何とも醜いものだ。年寄りの嫉妬というものは」


 言い過ぎだろう と少し笑ってしまった。


「しかし、私が殿下を御守りできるほど強くないということも事実です」


「なんの問題もない。今から強くなればいいだけだ。君には容易いことだろう?」


 簡単に言ってくれる。今まで俺がどれほど努力し、苦悩を重ねてきたと思っているんだ。


「どうして、殿下はそこまで私のことを─「君は誓ったはずだ。家の誇りにかけて。まさか、子どもの戯れとでも? 許さないよ。決して許さない。君がをするな。君が、


 急に胸ぐらを掴み、取り乱す殿下。状況が飲み込めぬまま、手は離され、フラフラと彼は部屋の出口へと歩き始めた。


「......君の父から伝書が届いた。《帰還要請》だ。荷物は置いたままで結構。明日の連絡便で帰るといい」


 消え入るような声でそれだけ告げて、出ていってしまった。今の俺には彼を追いかける程の余裕はなかった。



 次の日の朝、オルネーソ邸との連絡便に乗り、思わぬ帰省を果たした。


「現実を知ったか?」


 父の第一声はそれだった。


「こちらで既に騎士団除隊の申請をしておいた。いいか、我が家の力ならば文官の席などいくらでも空けられる。理解したのであれば身の丈にあった生活をしろ。これ以上、この家に負担をかけるな」




 他の兄姉は帰ってきた俺の事など見向きもしなかった。もちろん、も......。


「帰ってきたのか、俺は」


 何も成し遂げられぬまま。


 むしろ、ふりだしよりも後退している。


「はぁ」


 フカフカの布団に埋もれると、気持ちも沈んでいく。


「とりあえず、体を動かすか」


 ここで後ろ向きに考えていたら、さらに落ち込むだけだ。嫌なことは運動をして忘れよう。


 庭園へと出て、走り込みを始める。


 そういえば、ハルネは元気にしているだろうか?帰ってきてから彼女の姿を見ていない。おそらく、クビにはなっていないはずだが。......本当になっていないか?不安だ。あの体たらくでは、うん、ありえる。


「随分と早いお帰りじゃない? ディードお坊ちゃま?」


 風の音に乗って、聞き覚えのある待ちかねた声が耳を通り抜ける。


「思いの外、大変だったってことさ。それよりも、その口調はまだ直ってないようだな」


「それでノコノコと帰ってきたわけ?」


「いいや、帰ってこいと言われて来たら、実質強制送還だったわけだ。とんだ罠だよ」


「なーんでそれで帰ってくるの?あんた、正式に決まる前に内緒で抜け出したんだからそうなるに決まってるでしょ。それでどうするの? また抜け出すの?」


 あ、そうか。父からしたら国に申請する前に俺が先走ったことになるんだよな。だが、それにしてもなぜ呼び戻したりしたんだ? 俺が騎士団に入れば、家の厄介者が勝手に処理できて楽だろうに。


「今、兵舎に戻ったところで門前払いだろうな」


 正直、今の殿下とは顔を合わせたくない。彼も同じ気持ちだろう。そうとなれば、父の除隊申請は滞りなく通過し、再入団も宰相以上父と同等のコネが無ければ不可能。手詰まりだ。


「ねえ」


 いつの間にか足が止まっていた。天上の陽射しが肌を通り越して、血管を灼く。暑い。熱い。


「なんでずっと俯いてるの? なんであたしの顔を見ようとしないの?」


 頼む。今は、まだ。ああ、大丈夫だ。いつか、きっと、そのうちに。なんとか、なるはずだから。


「顔を上げなさい。ディード・オルネーソ」


 だから、頼む。今の俺を見ないでくれ。


「酷い顔。そんなにお外は厳しかった? あぁ、あんた、そんな姿してるけどまだまだ10歳のお子ちゃまだったわね。そう思えば確かに少し刺激的過ぎたのかしら?」


 違う。違うんだ。


「ま、時には休息も必要ね。急いで追い込む必要性もないでしょ? こういうのは1歩ずつでいいのよ、1歩ずつで」


 10

 は奪ってるんだ!

 の身体を、思考を、時間を、人生を!

《魔法を使えるようになるために》《強くなるために》《彼の存在証明のために》

 自分の都合のいい言い訳を頭のなかで並び連ねて、正当化して、の存在意義を為そうとしていただけだ!


「ちがぅ、んだ。ぉれは、俺は!」


 うまく息ができない。迫り来る感情が嗚咽となって表れる。今までに会ってしまったことでプツリとちぎれてしまった。


「俺はディードなんかじゃない!俺はコイツの身体で自分の欲を満たそうとした最低な卑怯者だ!」


 もはや元の名すら思い出せない。しかし、俺がディードでない何者であるかは明確。それは彼を含むこの世界のことをゲームの中であると認識している記憶とその人格、それこそがであると自覚しているからだ。


 今までどうにかを意識しないように生きてきたが、彼の記憶と時折浮かんでくる感情が己の存在を拒絶しているように感じた。


 そして、己の意志が揺らぎはじめた時、はゆりかごから静かに目覚めたんだ。


 諦観と絶望。そして、逃亡。


 水が染み込むようにその意思は脳内を支配した。


 正直に言おう。、俺は確かに目の前の敵から逃げるように目を背けた。は違和感なく、それを受け入れたんだ。


 そして


《─ごめんなさい》


 あの時の言葉は───





 ─バチーン!


 両頬に鋭い傷みが走る。そして、顔がものすごい力で引き上げられた。


「少しは目が覚めた?」


 爛々ともえる瞳。

 その不敵な笑みは先ほどまで感じていた不安と恐怖の闇を払うほどに。

 そして、その小さな手はすべてを晒け出した俺を包み込む程に暖かかったんだ。


 だから、どうしてもオモわずにはいられない


 どうしようもなく忘れがたきこの熱と光


 君は俺の灯火だ



「あんたが何者なのかなんて関係ない。あたしはあんたを信じてる。たとえ、あんたが自分自身を信じられなくなったとしてもね」


 ハルネは決して目を逸らそうとしない。


「だから、前に進み続けなさい。どんなに辛くて苦しい道だとしてもね。それでも耐えられなくなったら、あたしがこうやって支えてあげる」


 その曇りなき声と眼差しが、俺の卑屈で愚かな思考の中で小さな炎を灯した。


「ありがとう」


 今はただ言葉しか出てこない。それでも、また歩き出せるような気がする。


 道なき道に標が見えた。









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