第23話

 気がつけば、そこには無数の死体が転がっていた。


 そして


 痛みに呻く者、涙を流す者、死者を弔う者。


 俺たちはこの戦いで


 


「いや〜、お疲れ様。生き残った君たちはだよ。おめでとう!これから1ヶ月間頑張ってね!」


 パチパチと拍手をしながら、カルマローネが空から舞い降りてくる。


「─ッ!てめぇぇぇ!!」


 その飄々とした態度が戦友を偲ぶバッシュを刺激したのか、怒り猛りながらカルマローネに殴りかかった。


「はいはい」


 カルマローネは鬱陶しそうにバッシュを組み伏せた。


「あのねぇ、彼らが死んだのはからでもあるんだよ?君がもっと強ければ彼らは死なずにすんだのかもしれない」


「ぅぅぅぅぅ!!!!」


「悔しいのなら強くなろうよ。その怒りを糧にしてさ」


 バッシュはただ悔しさに唸るしかなかった。


「それで」


 カルマローネは身を翻し、此方へ向く。


「これが君の強さ? 期待外れも甚だしい。 これなら部屋の中で筆でも振るっていた方がいいね 」


「......」


「まあ、言葉も出ないよね。これが現実だよ」


 哀れみの眼差しと肩に置かれた手。


 不思議と怒りは沸いてこなかった。


「それじゃ、もう会うことはないだろうけど」


 そう言い終えると、カルマローネは風に消えた。



「ふー。デッド、無事だったか。良かった」


 土を払いながら、バッシュが話しかけてくる。


「何だったんだろうな。この戦い」


「え?」


「殺して、殺されて、俺たちは何を得た?」


「いきなりどうしたんだよ!?」


「《戦争とはこういうものだ》なんて言葉で済ませられたら、どれ程楽なんだろうな」


 時折鼻を掠める血の臭いが横隔膜を刺激する。


「どうやら俺はまだこのを噛み砕けるほど成熟していないらしい」


 口角が自然と上がり、空気が漏れた。処理しきれぬ感情が苦笑となって表れる。



「デッド、お前......」


「あぁ、そうだ。この戦いが終わったら俺の名前を教えるんだったな。俺は─「いや、言わなくていい」


 ぼやけた視界に、彼の大きな手が割り込んできた。


「今のお前からは、何だか聞きたくないんだ」


 悲しげに俯くバッシュ。


「そうか」


 申し訳ないと思いつつも、心の何処かで胸を撫で下ろしていた。


「俺達も手伝おうぜ」


 バッシュが示す先は死体を弔う仲間たち。


「そうだな」


 今はもう何も考えたくない。その一心で俺は死体と向き合い始めたのであった。





「リスケっトさん......」


 人間の死体の中で一際損傷の酷い人物。聞く話によると、バッシュを庇い、致命傷を負うが自身の命と引き換えに敵を瀕死まで追い込んだという。


「どうか安らかに......」


 自身の口から発せられた言葉が無責任に響いていく。


 ようやく前に歩き出した彼は、一寸先の不幸に絡め取られてしまった。


 その無念は俺の知るよしもない。


「あ」


 視界の端に例の亜人が転がっていた。


 よく見ると弔われているのは人間だけで亜人たちは無造作に打ち棄てられている。


「それもそうか」


 人間こちら亜人かれらを弔う道理はない。死体など所詮、ゴミに等しいのだ。


「亜人の葬り方は知らない、が!」


 少なくともゲーム内では人間と同じように土葬だったはず。


 俺は端の方で独り、土を掘っていた。


「悪いが1人ずつ埋めるほどのスペースはないからな。まとめて埋めることに関しては勘弁してくれ」


 夕陽が頬を照らす。


 結局俺たちが戦った時間は半日にも満たない程度だった。


 だが、残した傷痕は深い。


「おい、デッド。なんで亜人の墓も作ってんだよ。こいつらは俺たちを殺そうとしてた敵だぞ?」


「俺たちにとってはな。でも、彼らにも彼らの信条があり、そして帰りを待つ家族がいた。そう思うと、どうしてもやりきれなくてな」


「とんだお人好しな男だぜ、お前はよ。手伝うぜ!」


 バッシュは腕を捲り、呪文を唱える。


「『蟻巣ウスバス』」


 周囲の土が持ち上げられ、地面に大きな穴がポッカリと空いた。


「後はこの中に入れるだけだ」


 俺とバッシュは手分けして死体を穴の中へ入れた。


「はぁ〜、もう限界だぁ〜。こんなに魔力を使ったのはガキの頃以来だぜ」


 すべて埋め終えた途端、バッシュはその場に座り込んでしまった。


「まだそんな歳でもないだろ?」


「確かに!俺も貴族だったら輝かしい学園生活を送ってるお年頃なんだよ!」


 大袈裟におどけて見せるバッシュ。どうやら先程から気を使わせているようで。お前の方がずっと辛いはずなのに。


「本当、お前と出会えてよかったよ」


「なんだよいきなり!照れるじゃねえか!」


 友の存在がどれほど俺の精神に安らぎを与えてくれたのだろうか。


 だが、それでも俺の心は未だ此処に在らず。


 生まれた疑問は心臓と脳幹に張り付いて


 徐々に全身を蝕んでいく


 自らのイデアが崩落してしまった


 その先には


 


 今は辛うじて繋ぎ止められた衝動の糸で


 仮初の自我を模しているだけに過ぎない


 きっとが切れてしまえば


 切れてしまったその時こそが



「───ごめんなさい」



 ああ、風の悪戯であってくれ

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