第21話

「ウホウッ!」


 サルトオグが縦横無尽に飛び回り、拳を振るう。


「貧弱ッ!軟弱ッ!笑止千万ッ!」


 高笑いを上げながらその拳を返り血で染める。


「デッド!お前は下がってろ!」


 バッシュが庇うように俺の前に立つ。


 おそらく俺が魔法を使えないと察したのだろう。それもそうか。1人だけ見るからに大ダメージ喰らってたもんな。


「あぁ」


 今は相手を観察しろ。無闇に突っ込めば唯の犬死にだ。 奴に勝つために必要なものはなんだ?

 一見すれば奴に隙はない。奴に精霊がついているかどうかすら分からない。攻撃は全て魔力によるものか?


「ウホハハハハ!」


 どうやって高振動の攻撃をしている?


 風か?


 いや、風魔法なら外傷ができるはずだ。


 それにここは亜人の国付近


「雷か!」


 雷による超振動。それがこの攻撃のタネか!


「ん、あぁそうだな。奴には雷の魔力が弾けだしてる」


 はは。そうか、魔法が使えるのなら魔力は見えて当然だ。その適正の無い俺だけが見えていなかった。とんだピエロだ。


「それなら、風か土の魔法が有効だけど君たち使えそう?」


 リーズゲートが困ったように笑う。


「生憎、おじさんは水と風が少し使えるくらいだけど」


「俺は炎と土だ」


「......」


 分析をすればするほど、昂っていた気持ちが冷めていく。


 高揚は冷静を通り過ぎて憐憫へ。


 まあ、何とも情けない話だ。魔法が使える皆を尻目に手をこまねいてるだけか。


 別に今まで魔法の対策を考えてこなかった訳ではない。むしろ、色々とあーでもないこーでもないと試行錯誤はしてきたつもりだ。頭の中で。


 だが、実戦があまりにも早すぎた。......いや、自己憐憫は戦いの後だ。よし、考えろ。冷静に。


 今の俺にできることは


「周りの奴らは任せてくれ」


 味方のサポートだ。


「ふぅん、前線から引いて雑魚の掃討か」


 カルマローネはつまらなそうに自身の前髪を弄る。


「うん、良い判断だと思うよ。褒められるべき判断だ。特に、君に近い年代は勇敢と無謀を履き違える死にたがりが多いからね。僕が教官なら君に花丸をあげよう」


 でも、僕は教官じゃない。


 あぁ、君には失望したよ。さっきのワクワクが泡のように消えていく。それにほんの少し、怒りも湧いてきたよ。


「所詮、君もその程度か」


 戦場に興味を失くしたカルマローネは踵を返して、椅子に座る。


「終わったら起こしてくれ」


 近くにいる部下にそのように伝えると、ゆっくりと目を閉じた。


「『土鼠群ウラトル』!」


 数人の詠唱で鼠の牙がごとく土の槍が次々と地面から生える。


「遅ッ!」


 サルトオグは横に飛び避けると、そのまま回し蹴りで槍を砕いた。


 その隙をリーズゲートが突く。


「『戦切そよぎり』」


 対して、サルトオグは余裕を持ってその刃を受け流す。


「む!」


 しかし、その身体には無数の切り傷が刻まれた。


「人間如きが『妖精憑エンチャント』だと? 小癪な真似を!」


 妖精憑エンチャント。精霊たちを肉体の中に取り込んで、一時的な肉体強化を行う技術。その代償に多くの魔力が精霊たちに貪られ、足りない分は生命力まで削ることとなる。


「年季の技術と言って欲しいね」


「いいぞ皆!このゴリラには風と土だ!俺たちでも十分に戦えるぞ!」


 その光景を横目に、俺は他の亜人たちが奴の助けに入らないように処理していた。


「ぐぼぁ!」


 こいつら程度の魔法なら避ける事すら容易だ。肉弾戦はさもありなん。


「お...おい、人間の餓鬼......」


 切り伏せた狐の亜人が血を吐きながら、声を絞り出す。


「お前......まだ10歳くらいか......」


 驚いた。亜人には正確な年齢が解るのか。


「ふ......俺たちには匂いで分かるんだよ......」


「それで、何だ。遺言か?」


「そうだな......」


 その顔にもはや人間俺たちに対する憎しみはない。


「『ボッケ』......マルネイトの獣人北区に......お前と同じくらいの歳のガキが居る。......俺の息子だ」


 息は徐々に浅くなり、目の光も段々と失われていく。


「そいつに、伝えといてくれ。 《悪かったな。死ぬなよ》 と......」


「何故お前らの敵である俺がそんなことをしな......」


 もう死んでいた。その虚ろな目は青い空を見つめ、口からはもう血しか流れない。


「──ぅ」


 ぶり返してきた感覚。俺は今、。子を持つ父を、国のために戦う父を、帰りを待つ子がいるであろう父を殺した。


 


 幼きディードの記憶と感情がシナプスを駆け巡る。


 己の意志と彼らの意志は決して反するものではない。故に、不快感を覚える。そして、そんな傲慢な考えを抱く己にも嫌悪感を。


「俺の存在証明強さは彼らの流される血でナされるものなのか?」


 その基盤が脆弱が故に揺らぎやすい。正義を持たぬ信念など、利己的な意志など、単なる欲求に過ぎない。


「これじゃあハーディンあいつと同じだ」


 答えの見えぬ自己問答に脳は戦いを忘れ、目いっぱいの静寂をもたらす。


 亜人の戦士はもうサルトオグしかいない。


 振り向けば、唐突の閃光が視界を蹂躙する。


 失った者は戻らない。


 取り返しはつかない。


 いつしか脳が締め付けられている感覚に陥る。視界はもはや何を捉えているのだろうか。混濁する思考に迷走する決意。


 俺は此処で何をしているんだ?


 ゲシュタルト崩壊は容易に。また、自己同一性は難解を極めた。


 俺は一体なんなんだ?どうすればいいんだ?


 なあ、教えてくれよ


 ディード・オルネーソ
















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