第20話
「来るぞ!」
先陣を切ってきたのは豹の亜人であった。
「『隼脚』」
迎え撃つように地を蹴る。そして、筋肉は脱力させ、全神経は眼に集める。
「死ね!人間!」
「『來返』」
単調で大振りな貫手。返すのは容易い。
「ぐぁ!」
四肢の腱を断ち切る。これでこいつは戦闘不能だ。
「馬鹿!何故仕留めない!」
リーズゲートは倒れ込んだ獣人の頸をすかさず跳ねる。
「ここは戦場だ!敵を生かそうなんて甘ったれた考えは捨てろ!」
「ぁ」
その言葉に脳髄が揺さぶられる。
そうだ
俺は心の何処かで
ヒトを殺すことに抵抗があったのか
「よくも仲間を!!!」
激昂したもう1匹の獣人がリーズゲートに飛び掛る。
『隼脚』
一閃。その首と胴体は分かたれた。嫌な感触だ。ファティ・ウルフの時には感じなかった。何かを奪う感触。
「慣れるしかないのか......殺すという感覚に」
その事実に少し不快感を覚えた。
「それが騎士として生きるということだよ」
返り血を拭うリスケットさんは皮肉気に笑う。
「悪くないじゃん」
カルマローネは興味深そうに戦場を眺める。
「あんなこと言ったけど実際に見るのはこれが初めてなんだよね」
そりゃ、ハーディンも彼が欲しくなる訳だ。これくらいの実力なら彼と同じくらいの世代に何人か居るけど、彼の場合は魔法無しだ。
それを加味すると、逸材といってもいい。磨く価値がある。
「ただ、剣で魔法に勝つには相手と3倍程の実力差がなければならない。茨の道だね」
いつか君が僕と同じ領域に立てるかどうか、かなり楽しみだね、これは。
「ぐわぁぁぁ!」
4人が亜人の凶刃に伏す。
「くそ!まだ応援は来ないのか!!」
もはや死に体寸前の新兵が叫ぶ。
来るはずない! なぜならこれは─
「応援は来ない!!これは訓練だ!俺たちだけでやらなければ!」
そう。1ヶ月間、亜人の襲撃を防ぎ、撤退させる。これがここでの訓練なのだ。
「マジかよ! 中々ハードな訓練だな!デッド!」
「泣き言か?バッシュ。草葉の陰に隠れててもいいぞ」
「戯言! むしろ歓迎だぜ!」
バッシュは猪突の如く、敵陣へ突進し、薙ぎ倒す。
「おらぁ!ビビってんのか!亜人ども! もっと来いよ!」
バッシュのことを正直侮っていた。歳上ではあると思うが近い歳でもある。剣において同年代では敵なしと勝手に自負していたが、どうやら驕り昂りが過ぎたようだ。
「いや〜、さすが若いなぁ〜」
息切れ気味なリスケットさんが背中を預けてくる。
「そこでおじさんからお願いだ。ちょっとだけ助けてくれない?」
「もちろん」
迫り来る敵を処理して、リスケットさんの補助に回る。
「おいデッド。そんな奴ほっとけよ。どうせ、ここで死ぬんだからよ」
「そんな冷たいこと言わないでくれよぉ〜、バッシュ君〜」
「集中しろよ2人共。気を抜いてる暇はなさそうだ」
亜人の集団の中で、ただならぬ雰囲気を纏う者がいる。
「おっと、これはちょっと厳しいかもね」
そう言いながらも、砦の上のカルマローネは面白そうに口元を歪ませる。
「聞け!人間ども!何も知らず、知ろうとせず、我らを虐げた愚かな人間どもよ! 我こそはマルネイトを栄華に導くサルトオグである!」
その巨体は地を揺らし、木々は怯え震える。
「なんだ、あのデカいゴリラは?」
俺もコイツを知らない。少なくとも本編では出てこなかった。故にその実力も未知数。
「おぉ、夢を抱き、戦場にて儚く散った同志たちよ!今ここに、我が、その無念を晴らさん!」
その怒号と共に辺りは一気にサルトオグの魔力で満たされる。
「さぁ、人間共よ!己の無力さを知り、そして死ぬがいい!!」
サルトオグが胸を叩くと、強大な衝撃波が起こった。
「踏ん張れ!」
両腕を十字に組み、腰を落とす。奥歯を砕くつもりで食いしばり、息を絞り出す。
それでも内臓は耐えきれず、雑巾みたいに捻れる。骨も徐々に軋みだして、小さな皹が出来始める。
「─グ」
全身は終わりの時を乞うが衝撃は未だ駆け巡り、蝕んでいく。迫り上がる血液が口から零れた。脳が危険だと絶えず信号を送る。
「─ガハッ!」
ようやくそれが終わり、今度はとてつもない痛みが訪れる。それは今まで味わってきたものとは比べ物にならぬほど。そこで初めて、死というものを目の当たりにした。
「デッド!!」
「魔力の衝撃波か......」
耐性のない俺は諸に食らってしまった。明滅する視界の中で周囲の状況を確認する。
良かった。幸い、ダメージが大きいのは俺だけだ。気絶している者もいるが、脳を揺さぶられただけで他は防御できているようだ。
「デッド、お前まさか......」
「ふん。これは単に小手調べに過ぎん。やはり血湧き肉躍るのはこの肉体での攻撃よ!!」
サルトオグが地を蹴り、近くの兵に殴り掛かる。
「うぉ」
兵士は紙一重で眼前に迫り来る拳を避けた。しかし、その数秒後─
「バビュンッ!」
握り潰したトマトのように頭部が弾け飛ぶ。
「う、うわあああああ!」
その惨状に耐えられなくなった1人が絶望の声を挙げる。
「なんだ、あれ......?」
「冗談キツイぜ.........」
バッシュとリーズゲートは額に冷や汗を滲ませる。
「先程の衝撃波から考えると、魔力をとてつもない速さで揺さぶって高周波振動を起こしているのか」
冷静に分析に冷静する男は1人。だが、それは魔法が使えぬ不良人。
「分かったところで今の俺にはどうしようもない、か......」
先程の一撃で理解した。
勝てない。
本能が逃げろと警鐘を打ち鳴らす。
「フッ」
思わず苦笑が漏れる。お前もこんな気持ちだったのか。
ディード・オルネーソ
圧倒的な実力差の前に足が重い。だが、お前は決してそれをおくびにも出さずに不遜で、傲慢だった。まさに唯我独尊。ゲーム時は心底憎たらしかったお前が、今はなんだか貴く思えるよ。
「なら、俺もこんなところで足踏みしてる場合じゃないな」
剣を握りなおす。母指球に体重をかけて、息を整える。
「証明してみせるさ」
この震えは武者震いだ。決して恐れているわけではない。
俺は誓ったのだから。
だが、俺の覚悟を嘲るように手足はずっと笑い続けた。
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