第19話

「そうそう、話が逸れた」


 カルマローネは顎を撫でる。


「君も殿下もこの世界を嘗めてる。殿下はどうにかして君を近くに置きたいようだが、護王十騎士だけは止めておいたがいい。文官くらいなら魔法が使えなくてもなれるでしょ?」


「言いたいことはそれだけですか?」


 どうも護王十騎士というものは人格がよろしくないようだ。勝手に決めつけて、押し付けようとしてくる。


「何と言われようと俺は立ち止まるつもりはありませんよ」


「なるほど、ね。こりゃあハーディンも激昂するわけだ。生意気過ぎるよ、君」


 肌を切りつけるような風が吹き抜ける。カルマローネの眼光はまさに俺の喉元を食い潰さんと射る。


「無礼であったなら詫びましょう。ですが、それとこれとは話が別です」


 退くつもりはない。これは俺の意志であり、役目だ。


「はぁ、分かった。もう僕からは何も言わない。忠告はしたよ。責任は取らないからね。これで死んでも自己責任だよ」


 カルマローネは面倒だと言わんばかりに天を仰ぐ。


「言いたかったのはそれだけ。もう持ち場に戻ってもいいよ。精々死なないでね。殿下に怒られるのは嫌だからさ」


 俺は何も言わず、会釈だけしてこの場を去った。



「......意気は上々。、だね。」


 カルマローネは楽しそうに喉を鳴らした。







 そこにはまるで緊張感という言葉が存在しなかった。


 だらけ切った門番。雑談を止めない見張り番。それを咎めぬ上官たち。


 その違和感はカルマローネの言っていた事に信憑性を抱かせる。


「デッド」


 いつの間にか、俺の隣にはバッシュが立っていた。


「お、おう!」


 リスケットさんの件で未だに気まずい空気が俺たちの間には流れている。


「前からずっと気になってたんだ。お前が何者なのかって。立ち振る舞いからは俺と同じ貴族ってことは分かる」


 何でそんな苦しそうな顔をして話すんだ。そんなこと、どうだっていいだろ?俺が何者であっても、関係は変わらない。変わるはずがない。


「でも、さ。何となく分かってきたぜ。この前のハーディン様の件、そして今回の将軍様からのお呼び出し」


 な、そうだろ?


「バッシュ」


「お前の口から言ってくれよ。?」


「無粋だねぇ」


 聞き覚えのある少し嗄れた声が静寂を破る。


「こんな雰囲気にさせたおじさんが言うのもなんだけど、そんな言い方したら言えることも言えなくなっちまうぞぉ?」


「リーズゲート......!お前が口を挟むな!」


「おいおい、下町言葉が抜けてるぜ。トンローダのお坊ちゃん」


「ッ!?なぜ俺の家名を!?」


「父親とそっくりだ。瞳の色と形がな」


 不本意だ。このような形で友の本当の名を知りたくはなかった。できれば、彼の口から知りたかった。


「お前さんはデッド君がお偉い貴族だと思ってるんだろう?それが本当ならどうするつもりだったんだ? 彼に取り入ろうとでも思ってたのかい?」


「そんなことするはずがない!たとえ、デッドが王族であったとしても、俺は友人として変わりなく彼と接するつもりだ!!」


「なら、野暮ってもんだ。お互い、ただの新兵として付き合い続ければいい」


「そんなこと、言われなくても!!!!」


 憎き宿敵に諭された事実に唇を噛むバッシュ。俺はそっと彼の肩を叩く。


「バッシュ、俺はいつまでもお前の友人としているつもりだ」


「デッド.....。 そうだな。俺、神経質になってた。あいつに言われなきゃわかんないほど、頭の中がこんがらがって、変な感じになってたみたいだ」


 バッシュは大きく息を吸って、吐いた。


「俺はシュバルツ・トンローダ。元伯爵家の人間だ。でも、今までと同じようにバッシュって呼んでくれ。気に入ってんだよ、この名前。それによ、タンタンは母方の家名だから、完全な偽名ってわけじゃなかったんだぜ?」


 憑き物が取れたのか、その笑顔はいつにも増して眩しい。


 そして、俺もまた自身の名を──


「俺はディ──「ぁぁぁあああああ!!!」


 刹那、断末魔が横断する。


「殺せ! 皆殺しだ! 叡智を気取った愚かな人間共を殲滅しろ!!」


 悪夢は現実に


 恐れていたことは彗星より早くこの世界に堕ちてきた


「構えろぉ!!!」


 リーズゲートの絶叫で、第9隊は戦闘態勢に入る。


「デッド、今は呑気に自己紹介してる場合じゃなさそうだ!」


「そうだな、バッシュ。 とっとと終わらせて、俺の名乗りを聞いてもらうぞ」


 肌に張り付くような温風


 鼻につく血の臭い


 人の貌をした知的生命体


 一抹の不安を抱きながらその剣を握った




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