第18話

「なあ、デッド君」


 その気だるげな声はどこか不安と希望を抱いて霞む。


「俺はやり直せるのかね?」


「それはですから」


「そうかい」


 リーズゲートは倒れ込み、夜空を見上げた。その瞳には3等星が鈍く光る。


「君は君で難儀な人生を送っているんだろうね」


 その問いに答えるつもりは無い。


「悩め悩め、若者よ。君の人生はまだ始まったばかりだ。そのうち見えてくるさ、その人の役目ってものが」


「そう言うリスケットさんには見えてるんですか?」


「あぁ、。君たちのおかげだ」


 微笑むリスケットさんに先程のような憂いは無い。




「あぁ、そう言えばそのデッドって名前、偽名だろ? おじさんにだけこっそり本当の名を教えてくれないか?誰にも言わないからさ」


「俺は───」


 


ですよ」


 元の名前も既に朧の夜に溶けて。定まらぬ自己同一性と沸き立つ嫌悪感が動脈を巡る。落ちてきた貧困窟の退廃者はうち棄てられた神経衰弱を嗜み、塗り固められた虚飾の海を泳いで、在るべき主の所在をタズねる。


 何も考えるな


 今はただアる様に









 俺たちの隊は予定よりも1週間遅れて砦へと到着した。


「第9部隊の到着を確認。これより、1ヶ月間に渡る戦闘訓練を開始する」


 上官の指示により、部隊の駐屯地が決まる。俺たちが滞在するのは砦から200mほど離れた平野だ。


 そして、休む間もなく、演習場への召集が掛かり、訓練が開始された。


「いいか! ここは我々人間にとって重要な国防線である!下賎な獣等にこの神聖なる土地を踏ませるな!」


 ─はっ!


「貴殿がデッド殿だな?」


「はい?」


 自分の持ち場に着こうとすると上官に呼び止められた。


「将軍がぜひ面会したいとのことだ。案内する」


「はぁ」


 ここの将軍って誰だったっけ?


 そんな事を考えながら、連れられて行く。


「......」


 バッシュはそれを黙って見送った。



「やあ。デッドもといディード公爵」


「カ、カルマローネ・ウィルエルト......将軍......」


 カルマローネ・ウィルエルト。『麒麟』の異名を持つ若き魔剣士。その華奢な姿からは考えられぬ力と、風魔法すら凌駕する迅さにより、護王十騎士に任命された。


「フルネームとはご丁寧にどうも。殿下からお便りを拝借してね。君のことを頼むってさ」


 その甘いマスクは王都のあらゆる女性を虜にする。現に俺だって今の微笑みはどこかグッと来た。うん、グッと来ただけだ。


「それにしても聞いたよ。ハーディンがやらかしたんだって? 大変だったね、君も。彼って頑固だからさ、1度思い込んだらもう誰にも止められないんだよ。

 で、今回はそれが災いして痛い目見たってことでしょ? これがいい薬になってくれればいいんだけどね」


「もうここまで伝わってるんですね」


「知ってるよ?護王十騎士ぼくたちの連絡網は特別でね。遅くとも翌日までには全員の状況が把握できるようになってるんだ」


 連絡用携帯魔道具による情報共有か。この時代では既に実践段階に入っているんだな。


「でもさぁ、それもてことは解ってあげて欲しいな」


「........」


は気難しい彼なりの優しさだったわけ。僕たちみーんなんだけど、おそらく彼は君をんだね。彼も魔法が苦手だからさ」


「何を仰っているのか飲み込めないのですが」


「あ、これ、黙ってなくちゃいけないやつなのかな?いいや、僕も優しいからキッパリ言ってあげるね」


 君 は 護 王 十 騎 士 に は な れ な い


 淡々と告げられる通告。


 貼り付けられた笑顔は少しでも衝撃を和らげようとする配慮なのか、それとも単にこれが己にとって気にも留めぬことであるからだろうか。


「君って魔法が使えないから騎士になって、とか考えてない?」


「いいえ、そんなことは─「僕が10歳になる頃には、その10倍の数の亜人と魔族を殺してきた。それで、君は?」


 言葉が出ない。俺は未だ獣ぐらいしかまともに戦ってこなかった。


「公爵家の領地でぬくぬくと過ごしてきたんだろ? その間に護王十騎士を目指す者は既に戦場へと出ている。現に君と同じくらいの世代の候補者たちは今も亜人のゲリラ部隊と戦って戦果を出してるよ?」


「え!? 今は停戦状態では!?」


「あぁ、一応政府同士としてはね。実際のところ、それに反発するあっちの義勇兵たちの対処を僕たちがさせられてる訳。面倒だから王都には連絡してないけど、なんとかなってるからいいよね。それに楽しいしさ」


 笑うカルマローネを他所に俺はこの状況に冷や汗を流す。


 もしかして、今ここにいる状況は非常にまずいのでは?


 もし、万が一だ。亜人たちが攻めてきた場合、戦場慣れしていない新兵たちは忽ち殺されるだろう。なぜ、国は、騎士団は、何の対処もせずに俺たちを送り込んだ。


「ま、新兵たちにとっても丁度いいんじゃない?亜人たちに殺されるようじゃどのみち騎士として生きていけないよね」


 シビアすぎる現実


 俺が今まで住んでいた世界は


 綺麗な庭園に過ぎなかったんだ


 だが、それがどうしたと言うのだ?


 故に足を止めるか?


 否


 これは誰がための世界か


 知らしめるために俺はアるのだろう?


 ならば


 答えはひとつだ

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る