第17話

 何となく見えてきた。リスケットさんのこと。バッシュのこと。そして両者の関係も。


「君の家も顧客だったわけか。そりゃあ悪い事をした」


「貴様ぁ!」


 バッシュが剣を振りかざそうとしたので、その手を抑えた。


「デッドォ!邪魔すんじゃねぇ!お前に俺の気持ちなんて分かんねぇだろうが!」


「だとしてもだ。バッシュ、殺しだけは駄目だ。兵士同士の喧嘩はそれだけでも罰則だ。殺人なんてそれこそ極刑だ。俺はお前に死んで欲しくない。だから、どうしても我慢できないなら拳でやれ」


 あくまで冷静に諭す。感情的な人間に対して同じような対応を取ってはいけない。それは神経を逆撫でするだけだから。


「クソ!」


 バッシュは剣を地面に叩きつける。


「クソ!クソクソクソ!」


 その場に伏して、爪で土を抉る。その痕は少し紅い。


「わかってんだよ。アイツを恨んだところで何も解決しないくらい。でもよ、頭の中が煮え立って仕方ねぇんだ。アイツを殺せって何度も何度も頭の中で親父が囁いてくる!」


 怨恨の炎に悶え苦しむ友人に対して、俺は何もしてやれない。掛ける言葉も、言ってしまえばそれは同情で無責任なものになる。


「お前は強いよ」


 ただ、それしか言葉が出なかった。






 今日は案の定、森の中での野宿となった。携帯していた干し肉とチーズで腹を満たし、薄っぺらい布を敷いて草葉に横たわる。


 草木も寝静まった頃、俺は未だ眠れずにいた。隣にいるバッシュは静かに寝息を立てている。起こさぬように立ち上がり、少し離れた場所で散歩をする。


「眠れないのかい?」


 月明かりに影が1つ。寂しげに揺れる枯木が微笑んでいた。


「ええ」


「彼、バッシュ君が言っていたことは全部本当のことだ。幻滅したろ?」


 ニヒルに笑うリスケットさん。その顔の皺はより深く、また影を作る。


「元々、幻滅するほど貴方に入れ込んではいないので」


 己の内にある黒い感情が言葉を尖らせる。不快だ。噛み砕けぬ己の幼稚さが。


「ま、その方がいいさ。小遣い欲しさに数多の貴族を破滅に追い詰めた屑なんざ、はっきり言って殺した方がいい」


 彼は手を叩いて笑った。その悲しげな姿に比べれば教会に響く鎮魂歌など子守唄に等しい。


「でも、貴方は騎士団ここへ来た」


「あぁ、それも過去を清算したいという利己的な理由でなぁ。どうだ?ムカつくだろ?お前らのような恵まれなかったお坊ちゃんたちと違って、俺ぁ国のために働くつもりはない。俺ぁ俺の自己満足の為に働くんだ」


?」


 リスケットさんの言葉がピタリと止まる。


「おい、ガキ。会った時から気に食わねぇ奴だとは思ってたがここまで癪に障る奴だとは思わなかったぜ」


「貴方は貴方なりのケジメをつけようとしている。俺がそれを非難する道理はない」


「知ったふうなこと言ってんじゃねぇぞ!」


 そうだ。俺は知らない。


「知らないんだ。何もかも。貴方のことも。バッシュのことも。サマーナも、己自身のことすらも」


 だから、何もできない。助けたいと思っても傍らで呆けていることしかできない。中途半端に手を突っ込んでは、彼等の膿傷を徒に弄んでいるだけだ。


 なら、俺は何のために此処に在る?


 俺はどうしたらいい?


 どうしたら強くなれる?


「......まぁ、座れよ。ゆっくり話でもしようや」


 月照る丘に小さな影2つ。そよ風に折れそうなほどか細い。


「俺が浮悦草に手を出したのは15年ほど前の事だ。最初は単に興味本位でな、亜人の商人共が持ってきた奴をつるんでた貴族仲間と隠れて楽しんでた。他のやつは自分で吸ってたが、貧乏貴族だった俺は自分の分をちょろまかして近場の貴族たちに横流ししてた」


 月を見る彼の瞳は此処に在らず、また先にもなし。


「それが忽ち親にバレた。親父は俺を伝手にしてその商人から浮悦草を買いまくって、他の貴族にばら蒔いた。後は知っての通り、手を出した貴族たちは壊滅。

 親父は全責任を俺に被せたが、改易されて今や準男爵だ。勿論、俺は無期の国外追放。

 それが1年前ほどにこの国へ帰って来れるようになった。こうして今は罪滅ぼしのように新兵になったわけだ。笑っちまうだろ?」


 彼は彼の人生に向き合っている。己の犯した罪から目を逸らすことなく、また贖うことを厭わず。自身が赦されないと知ってもなお、その足を止めることは無い。


「1点の過ちも犯さぬ人間なんているはずがない。なら、誰だってやり直していいはずだ。その贖罪を踏み躙る権利なんて何人足りともありはしない」


「言うねえ。でも、君のお友達はそうは思わないだろ? なんたって、彼の人生を壊したんだからさ」


 そうだから


「バッシュは強い。バッシュは貴方を殴らなかった。何もかも全部飲み込んで、必死に踠いて堪えていた。もし貴方が本当の屑だったら、今頃首と胴体は離れ離れだろうね。でも、バッシュの理性はを理解していた」


「だから、俺を殴らなかった、と」


 リーズゲートは大きく溜息を吐く。


「なんだぁ。今頃のガキ共はよっぽど俺より大人じゃねぇか」








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