第16話

「デッド、見ろよ。キイチゴだぜ」


「へぇ、この時期に珍しいな」


 決してこの辺りは温暖な気候ではない。季節も冬が来ようとしている。なのに、キイチゴらしきものが実をつけている。


「あー、ガキ共。それぁ、ドチッコだ。毒だ、毒」


 俺が摘もうとすると、無精髭の男が話しかけてきた。


「そいつぁ年中果実をつけててな。キイチゴと勘違いした馬鹿どもの腹を壊してんのさ」


「なるほど、助かったよ。俺はデッドだ」


「俺はバッシュ」


「ほぉーん......俺ぁ リスケット ってんだ。入隊年齢ギリギリのおっさんだ。よろしく頼むよ、お若いの」


 騎士団の入隊は30歳までと決められている。ということは彼は29だろう。あっちの世界の俺よりは年下だな。


「よろしく、リスケットさん」


 俺が手を差し伸べるとリスケットさんは驚いていた。


「てっきり邪険にされるかと思ったんだが、最近の奴は礼儀正しいなぁ」


 その間、バッシュは黙ってリスケットさんを見つめていた。


 移動中、俺たちはリスケットさんから色々なことを教えてもらっていた。


「ほら、あそこに生えてる草、浮悦草なんて言って昔は嗜好品として流行ったもんだ。今は国が規制していてよ、亜人の所へ行きゃまだ吸えるだろうが、ま、騎士団の俺たちにゃ縁のない話だ」


「リスケットさんは吸ったことが?」


「いいや。あれを吸っちまったらもう戻れねぇよ。あれは悪魔が人間を堕落させる為に作った罠さ。あれで廃人になった連中なら幾らでも見てきたがね」


「おい、デッド。移動中に喋るのは止めようと言ったのはお前だろ。静かにしろよ」


 俺とリスケットさんが話していると、不機嫌そうにバッシュが割り込んできた。


「お、おう。悪かった。気をつける」


「おいおい、お友達にそんな言い方しなくてもいいんじゃあないか? 仲良くしようぜ。仲良く」


 リスケットさんがおどけると、バッシュは小さく舌打ちをして前を向いた。




 陽も傾きかけてきたが、目標地点である駐屯地は影も形も見えない。本日は森の中で野宿になるだろう。


「ふぁーあ、今日は森の動物たちとおねんねか」


「明らかに先頭集団のペースが落ちてますからね」


「そりゃあ、そうだ。1日2日の移動ならそこまで変わらないが、1週間を超えると肉体的にも精神的にも疲労のピークを迎える。新兵にとって、ここが正念場だろうなぁ」


 ここら辺で停泊かと思ったその時、先頭の方から叫び声が響く。


「右前方に魔物の集団を確認!各自3人の陣を組み、討伐せよ!」


 魔物て。もっと具体的な名前を出してくれよ。


「この感じ、ファティ・ウルフだな。ただの肥えた狼だ。そんなに気張りなさんな」


 リスケットさんはクルクルと槍を回して、左の方に構える。


「ファティ・ウルフは集団で生活しているが、 狩りは2匹1組で行う。対象を絞って、左右で挟み込む形でな。だから、1人が囮となって、飛びかかって来たところを2人で始末する。どうだ、単純だろ?」


 確かに。ゲームでもファティ・ウルフはそのような習性集中型だった。だから、群れで出てきても攻撃されたキャラに回復さえ怠わなければ苦戦する相手ではない。


「見たところ、デッド君がこの中で1番俊敏そうだ。囮、行ってくれるかい?」


「りょうか─「待て!」


 バッシュが大声で呼び止める。


「あんたがいけよ、リスケット。この魔物について詳しいんだろう?」


 どうしたんだよ。バッシュ。なんでそんな顔をしているんだ。あの無邪気で気さくな少年はどこへ行ったんだ。


「バッシュ。一体─「いいよ、デッド君。おじさんがいこう。未来ある若者に囮をさせようとしていたおじさんが間違ってた」


 そう言うと、リスケットさんは前線へ躍り出た。


「いいかい! ファティ・ウルフはそこまで速くない!視認してからでも攻撃は十分に間に合う! だから、落ち着いて狙えばいい!」


 左右の薮が大きく揺れる。


「来るぞ!」


 それと同時に太った狼が飛び出してくる。


「『隼脚』」


 俺にとってはそれはヒラヒラと落ちる木の葉に等しい。ファティ・ウルフは断末魔すら挙げることなく、その頸を落とす。


「うぉ!」


 振り返ると、リスケットさんがファティ・ウルフに組み敷かれていた。そして、バッシュはそれを傍観している。


「な! なにやってんだよ!」


 俺は『隼脚』を使ってもう1匹の頸も落とした。


「ふ〜、いやぁ〜助かったよ」


 リスケットさんは頭を掻きながら礼を言う。


「バッシュ」


 俺の呼び掛けにバッシュは目を合わそうとしない。


「知らねぇのかよ」


「何がだ」


・エンゲルのことだよ!!」


 バッシュはリスケットさんに剣を向ける。


「なんで俺たちに近づいた? まさか、取り入ろうってのか? 自分が落ちぶれた貴族だからってよ」


「あらら、そっちの坊ちゃんはやっぱり知ってたか」


「ああ、俺の領地で悪魔の遣いの名を知らねぇ奴はいねぇよ」


 悪魔の遣い? 聞いたことがないな。


「いいか、デッド。こいつは浮悦草で多くの貴族を凋落させた元伯爵子息だ。こいつのせいで俺の家も何もかも、全部壊されたんだ!」






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