第15話
「遠征?」
キノコのポタージュを啜っていると、目をキラキラさせながらバッシュが話しかけてきた。
「そうだ! 俺たち、ここに入ってそろそろ半年になるだろ? この時期になると新兵達はマルネイト共和連盟近郊の砦まで遠征に行くらしいんだ!」
マルネイト共和連盟。主に雷の大精霊と氷の大精霊から深い寵愛を受ける亜人たちの共同体。
亜人。人間と近い姿をしていながらその文化、価値観は全く異なる。性格や行動は見た目同様に獣と近く、また生活様式もそれに近い。
そのため、国教である聖光教は彼等を下等な生物であると蔑み、差別を行ってきた。数十年前、それに耐えられなくなった亜人の青年、ゲル・ドーグニマスが亜人だけの共同体を設立した。それが、この国の北東に位置するマルネイト共和連盟だ。
現在は停戦状態であり、国境線から睨み合うだけだが、設立当初は多くの血が流されたと聞く。
そのわだかまりも魔族が侵略してきたことによって解消するんだが、現状の関係は最悪だ。
「それが楽しみなのか?」
「あったりまえだろ!ようやくこの狭い庁舎から出られるんだぜ! 楽しみで仕方ねぇよ!」
「遠足気分だなぁ」
「遠足?遠征だろ?」
あぁ、そうか。こっちの世界には遠足なんてものはないのか。
「噛んだだけだ。気にしないでくれ」
硬いパンをポタージュで流し込み、席を立つ。
「早いなデッド。待ってくれよ」
バッシュは皿の上に残っている料理を口いっぱいに詰めて、駆け寄ってくる。
「喉詰まるぞ」
「
リスみたいに頬を膨らませながら歩く姿は何だか可愛らしかった。
「フッ」
「あ、
楽しいという感覚に呼吸が弾む。多分、ここが俺の居場所なんだな。そう思うと、外がやけに眩しく見えた。
────────
晩秋の頃、バッシュが言っていた通り、新兵たちの遠征が行われた。日にして90。冬から春にかけての大きな行事だ。ここで新兵たちは各々の階級に分けられる。大抵は3〜1等兵。優秀な者は伍兵長となる。
「まさか徒歩での遠征とは思わなかったぜ......」
「当たり前だろ。俺たち新兵に馬なんて支給されるわけないんだ」
まさか乗馬で行くと思っていたのか、バッシュ。この魔法こそ至上の世界でまともに魔法が使えぬ雑兵がそんな待遇を受けられる道理が無い。
「うおー!早く成り上がって馬に乗るぞー!」
「なんだ、バッシュ。お前は馬に乗るために騎士団に志願したのか」
「違ぇよ!俺は殿下をお護りする為に
「分かってる分かってる」
俺たちがこんなに雑談をしていても許されているのはこの場所に上官がいないからだ。
そう、これは新兵のみによる遠征。約10人ほどで隊を組み、目的地であるマルネイト近郊の砦を目指す。そして、そこで演習を行い、長官から修了の朱印を授かって王都へ帰還する。
その期限が90日となっている。それまでに遠征を終えられなければ騎士団から除名され、晴れて無職の身となるのだ。
「元気がいいな、お坊ちゃん共は」
「まぁまぁ、そのうち静かになるさ」
先頭にいる年長者たちが愚痴をこぼす。
確かにこれはあくまでも遠征という訓練だ。お遊び気分でいる訳にもいかない。
俺はバッシュの脇腹をつついて耳打ちする。
「あんまりお喋りするのも良くなさそうだ。移動中はなるべく静かにしよう」
それだけ言うと、バッシュは親指をグッと突き立てた。
「ふぁ〜、疲れた」
装備を外したバッシュが大きく身体を伸ばす。
何とか日没までに本日の目標地点であった村まで辿り着く事が出来た。
「このペースだとあと半月ほどで砦に着きそうだな」
「演習は確か1ヶ月丸々やるんだろ? 余裕を持って行かねぇとな。雪が降り始めたら足が取られちまう」
これまでバッシュと話してきたが、お互いの身の丈については一切話したことはない。バッシュは平民のように振舞っているが、ふとした時に、その隠しきれない知性が漏れ出ることがある。
この前の遠征の話だってそうだ。先輩から聞いた体を装って話していた。本当は前から知っていたことだろう。それにマルネイトのことを正式名称で呼んだ。城下町では亜人の国としてしか知られていないはずなのに。
おそらく、彼も貴族だ。それを察せさせないために平民の振りなんかしているのだろう。あぁ、貴族にとってここは落ちこぼれが来る場所だもんな。学園に出すことの出来ない貴族子息たちは騎士団に送られる。まるで修道院みたいな扱いだ。それにどれだけ取り繕おうが貴族と平民なんて1度話せば違和感で勘づかれる。だから、俺たちは浮いている。
言うべきだろうか。俺がオルネーソ家の人間である事を。きっと言ってしまえば、バッシュも己の身の内を明かすだろう。でも、それでいいのか?本当に心から打ち明けたいと思ったときに彼から明かされるべきではないのか?
バッシュだって俺が貴族であることなんて分かっているはずだ。だから、俺と親しくしようとしている。それでもなお、明かそうとしないのは俺が未だその信頼に及ばずにいるからであるに違いない。
「ほらよ、デッド。魚焼けたぜ」
「バッシュ、ありがとう」
生焼けの魚を齧りながら、どうしたものかと夜空の星々を見つめてみるが答えはまだ出そうにない。
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