第12話

「私の聞き間違いか?今、"断る"と聞こえたように思えるが」


「ああ、言ったさ。を履き違えたあんたから何も教わるつもりない」


「ほう。では、教えてもらおうか。お前の言うとは何かを」


 ハーディンが動く前に、デッドは空を蹴る。


『隼脚』!


 ハーディンは十中八九、部屋にある模擬刀を取りに行くものと思っていた。そのため、デッドの姿を見ることなく、模擬刀の前に立ちはだかる。


 しかし、その予想は大きく外れ、デッドは倒れた教官を抱え、近くの窓から外へ出ていた。


「倒れた兵を抱えて、敵前逃亡する......。それが貴様の強さか! ディード・オルネーソ!!」


 ハーディンの怒号を無視し、デッドは医務棟へ向かう。


「すみません、教官。俺のためにこんなことになって」


 未だ意識が戻らぬ教官が答えることはない。


「私がノコノコと貴様らを逃がすとでも思うか?」


「!」


 一瞬で回り込まれた。怒りに佇む姿に先程のような隙はない。


 ─カラン


 ハーディンの手から模擬刀が投げ出される。


「拾え。今から私が強さとは何かを教えてやる」


「言ったはずだ。あんたから教わることはなにもない。だから、俺は剣を握らない」


 瞬間、ハーディンの蹴りがデッドの顔面を捉えた。


「グバッ!」


 デッドは数十mほど地面を跳ねた後、鼻を抑えながら起き上がる。


「どうしてくだらん意地を張る?何が気に入らないのだ? そんなにこのゴミが大切なのか?」


「お前には解らないさ。俺の求める強さはこんななまくらじゃない」


 デッドはハーディンに目もくれず、再び教官を抱えようとする。


「そうか。では、道理も知らぬ童に王国騎士の厳しさを教えてやろう」


 ハーディンは模擬刀をデッドの腹に打ち込む。


「ウグッ!!」


「どうだ? 少しは自分の愚かさが理解できたか? 今ここで頭を地に擦り付けながら許しを乞うなら許してやらんこともない」


 痛みで意識が飛びそうだ。息を吸う度に内臓が軋む。涙も滲んでくる。


 それでも


 相手にするな


 俺は


 俺の求める強さは─


「もう少し手荒な方がいいか!?」


 苛立ち混じりに放たれた一撃は完璧にデッドの顔面を捉えた。


「ァ......」


 デッドの意識は完全に途切れる。立ち上がろうとしていた身体はそのまま崩れ落ちた。


「ふん、公爵家の出来損ないの癖にプライドだけは一流だ、な?」


 ハーディンは自身の右腕に違和感を覚える。


 あ、熱い!


 そこに目をやれば既に右半身が炎に包まれていた。


「な!? これは!?まさか!?」


 オルネーソの炎!


「いや、それ以上の─」


 ハーディンが驚嘆している間に炎はたちまち彼の全身に広がった。


「た、耐魔法紋章が全く機能しない!! ま、まずい! このままでは───」


 ─うおおおおおおおおお


 その雄叫びは兵舎、騎士庁を越え、王宮にまで轟いた。


 ★


 闇の中にいた。


 そこは水中みたいで足場が定まらず、泳ぐしかなかった。


 しばらく泳いでいると光が見えた。


 俺はその光を求めるように泳ぎ続けた。


 やがて、それは包み込んで─




「かあさま、ごめんなさい。ぐすっ、ぐすっ」


 ソフィアかあさまはしんでしまった。しぬということは、とおくにいってしまうことで、かあさまとはもうあえないのだと、とうさまはいった。


 にいさまやねえさまは、それはぼくのせいだという。だから、ぼくはかあさまにあやまらないといけない。あやまって、あやまって、かあさまにゆるしてもらえたら、きっとかえってきてくれる。


 そうしたら、また、ベッドのうえでようせいさんのえほんをよんでもらうんだ。


 だから、ぼくはあやまりつづけた。


 1日、5日、10日たってもかあさまはかえってこない。そうして1年ほどたって、ぼくは気づいた。母さまはぼくを許さない。どんなにあやまっても、2度とぼくを許さないんだ。


 母様が死んでから1年半。僕はある友人と出会った。彼女は夜になると、僕の部屋の窓辺にやって来る。


 窓を開けると、部屋に入ってきて、僕にすり寄ってくる。僕が首元をなでてやると気持ちよさそうに ゴロゴロ とうなる。


「──」


 母様に因んで僕は勝手にそう呼んだ。


 彼女も気に入っていたようで、名を呼んでやると嬉しそうに頭を擦り付けてきた。


 彼女と出会ってから、僕は母様に謝ることを止めた。


 代わりに、彼女と遊ぶようになった。


 庭で駆けたり


 部屋で一緒に寝転んだり


 食事はパンなどの固形物を食べた振りして彼女に与えていた。


 楽しかった。


 周りの人達は僕を避けるけど彼女だけは僕とずっと一緒に居てくれた。


 1年ほど経った頃、これからずっとずっと一緒に過ごしていこうね。そう言いながら、僕は彼女に首輪を贈った。首輪を着けた彼女は誇らしげに鈴を鳴らしてみせた。


 それから、1週間も経たない内だった。


 正午の刻、彼女は庭先で炭の塊となっていた。辛うじて彼女と分かったのは、僕があげた首輪がに巻きついていたからだ。


 僕は泣いた。


 大声で泣いた。


 すると、父がやってきて僕を殴った。


「オルネーソの者がみっともなく喚くな!お前の無様な慟哭が執務室まで聞こえてきたぞ!」


 殴られても全然痛くなかった。それよりも、彼女が死んでしまったことが何よりも僕の心を引き裂いた。


 父は彼女の亡骸に気づくと


「魔法が使えぬから此奴も死んだのだ」


 と呟いた。


 そこでようやく僕は気づいた。


 僕が魔法を使えないから


 母様も彼女も死んだ。


 それから精一杯魔法を使おうと努力した。妖精さんにもいっぱいお願いした。でも、使えなかった。


 そして、僕は再び謝るようになった。


 今度は2つに増えて


「ごめんなさい、母様」

「ごめんなさい、フィアータ」


 と




 あぁ、これはが来る前のディードの記憶だ。彼は毎日泣いていた。幼い頃に大切なものを2つも失ってしまったから。そして、それは己のせいだと責めて、溢れ出した自己嫌悪は周りに牙を剥いた。


 本当は守りたかった


 本当は愛したかった



 哀しみの渦に飲み込まれ


 光は再び闇へと転じた



























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