第11話
騎士団の訓練所は本日も熱気に包まれている。それは兵士たちから発せられるものに他ならない。その中にはディードの姿も見られた。
「腰が高い!! 突きはもっと腰を落とせ!」
「押忍!」
騎士庁での訓練はディードの想像よりもかなり楽なものだった。皆が息絶え絶えで身体を動かす中、ディードは涼しい顔で訓練に励む。
「お、お前、すげぇな。昨日いきなり入って来た奴がここまで着いてこれるなんてよ」
「そりゃどうも。えーっと、誰でしたっけ?」
「俺はバッシュ。バッシュ・タンタン。見たところ、俺と同じくらいの年齢だろ? 仲良くしようぜ。お前の名前は?」
「んー、『デッド』だ。よろしくな、バッシュ」
俺は公式の勅令なしでここへ来た。いきなりの訪問に殿下も戸惑っていたが、何も言わずに取り次いでくれた。さらに俺がここにいることを秘密にしてくれている。
殿下なりに事情を慮ってくれたのだろう。有難いことこの上ない。だから、俺はここでは『デッド』という新兵の形で滞在している。
殿下の誕生祭まで『ディード』は箱入り息子であったので、その顔を知る者は少ない。それに図体のデカさからか、他の新兵らより少し小さいくらいで歳は変わらないと思われている。
「よし、じゃあ俺と組手しようぜ!」
「おうよ!」
2人の組手を遠くから教官が満足そうに眺める。
「ふむ。あの歳でここまで昇華しているとは思わなんだ。このまま育てばいずれは国を支える騎士になるな」
「いや、ディード・オルネーソには十騎隊長らと同じ内容の訓練をさせろ」
後ろから長髪の男が口を挟む。
「ハ、ハーディン様! いやしかし、彼はまだ10歳の子どもですぞ!」
ハーディン・グルノドン。護王十騎士の1人であり、『剣帝』と呼ばれる男。
「食事量も1回につき新兵3人分与えろ。それと、生傷を絶やさすな。痛みという感覚に慣れさせろ」
「そ、それはあまりに
「私が同じくらいの齢の頃には五十騎隊長と訓練を共にしていた。むしろ、これでも甘い方だと思うがな」
「いくらなんでもデタラメ過ぎますぞ......」
「護王十騎士になるとはそういうことだ。くれぐれも甘やかすな」
そう言い残し、ハーディンはその場を後にした。
「しかし、これではあの子は育ちきる前に壊れてしまう......!」
それでも護王十騎士の命令には逆らえない。
「おい、『デッド』! こっちへ来い!」
「デッド、教官が呼んでるぜ」
「おう、バッシュ。ありがとうな」
組手を終え、ディードもといデッドは教官の元へ行く。
「デッド、お前には別の訓練を課す。着いてこい」
「?」
訳もわからぬまま、デッドは教官について行く。連れてこられた場所は新兵の稽古場であった。
「これから俺と地稽古をしてもらう。俺からは攻撃しない。お前は遠慮なく打ち込んでこい」
教官はデッドに木刀を投げ渡し、構えた。
「なるほど。そういうことなら遠慮なくいかせてもらうとするか!」
『隼脚』
教官の視界から一瞬、デッドの姿が消える。
「迅い!。だが─」
教官は元からその位置に攻撃が来るかを知っていたかのように、太刀を受け止めた。
「なにっ」
「甘い。単調な動きだ。それでは太刀筋が読めるぞ」
「なら、『双乱斬』!」
デッドは柄を握り直し、無数の剣戟を繰り出す。しかし、躱され、弾かれ、いなされる。
「それも甘い!ただ闇雲に剣を振るった所で俺には当たらんぞ!」
デッドは地を蹴り、教官から距離を取る。
「さあ、どうする!? 俺の牙城をどうやって崩すつもりだ?」
どうする?
現時点で攻撃の手札はこれしかない。
双乱斬が駄目なら連激も無駄だ。
「お前の攻撃は速さだけか? それも勢いに任せた乱雑なものだけか?」
「乱雑、か」
デッドは腰を落とし、剣を肩に構える。心を落ち着かせ、最高速の『隼脚』を思い浮かべ、地を蹴る。
「『虎牙閃突』」
─カラン、カラン
稽古場に木刀の弾む音が響く。
「み、見えなかった......」
「今までの俺の攻撃はただ剣を振ってるだけでした。そこにキレも重みも生まれない。思いを一撃に込める、『技』とはそういうことなんですね」
「......流石だ。デッド、通常訓練に戻っていいぞ」
「ありがとうございました。今度は守りの指導もお願いします」
やがて、その日の訓練も終わり、食堂で夕食を取る。
「おい、デッド。お前、教官に呼ばれて何してたんだよ」
席に着くと、隣にバッシュが座ってきた。
「1対1の稽古だよ。攻撃の指導を受けてた」
「かぁー! 羨ましいぜ! 俺なんかまだ名前も覚えてもらってないかもしれねぇのに、デッドはもう目ぇ付けられてんのかよ」
「まぁまぁ。入ってきたばっかりだから実力が知りたかったんだじゃない?」
「デッド!デッドはいるか!」
俺はその声に反応できず、スープを啜っていた。
「おいおい、デッド。呼ばれてるのに無視して飯食うとか大物過ぎるぜ」
「ぶっ! はい!ここに居ます!」
バッシュに言われるまで気づかなかった。いきなり大声で自身の仮称を呼ばれてもすぐに反応できない。直さなければ!
「教官が呼んでるぞ」
「わかりました」
飯を水で流し込み、食堂を後にする。教官が待つ談合室へ入るとそこには胸ぐらを掴む見覚えのある長髪の男と顔を腫らし、意識を失くした教官が居た。
「ハーディン・グルノドン......?護王十騎士がなぜこんなところに?それになんで教官に暴力を?」
情報量が多くて処理しきれない。頭に浮かんだ言葉が溢れていく。
「浅いな...」
ハーディンはそう呟くと懐に手を忍ばせた。
殺気!?
考える間もなく、迎撃体勢を取る。
「『來返』!」
目で見ず、また眼でも視ない。来るべき映像は既に遅いから。触れれば感じる。ならば、それに従うのみ。脊髄よりも速く、皮よりも薄く。しなれ、弾け、受け流せ。
「
「捌けたのは7発か。戦場で3太刀浴びれば十分致命傷だぞ。だが、思ったよりは悪くない。無刀状態でよく対処したと言える」
「一体何なんだよこれは......。全く飲み込めないぞ......」
「ディード・オルネーソ、これからは俺がお前の訓練を一任する。このぬるま湯に居続ければ、お前にいずれ瑕が付いてしまうからな」
それとなく分かってきた。だが、一つだけ全く理解できない。
「なぜ教官を?」
「こいつは俺の指示に従わず、お前を瑕者にしようとしたのでな。少々折檻してやった」
「指示?」
「俺はこいつにお前の訓練内容を十騎士隊長と同様のものにさせろと伝えた。それに食事量を増やすこと、傷を絶やさせないこと、それらを全て無視してこいつはお前に雑兵たちと同じ内容の訓練をさせた」
「どうしてそんなことを?」
「曰く、『
あぁ、駄目だ。こいつとは分かり合えない。
燻る不快感が喉を這いずって咽頭を焦がす。
「いずれの規律違反にしろ暴力による制裁は認められていないはずですが」
無駄だと分かっていても口は止まらない。感情の昂りに理性が追いつかない。
「それはあくまで騎士団内での規律だ。王直属の私には関係ない」
不快だ
彩やかな花畑が冷たい軍靴に踏み躙られるのような
この感覚は
温もりを知ろうともせず
強さだけを求める屍
ディード
何故かお前が浮かんでしまった
でも、お前だって本当は───
「そんなことはどうでもいい。来い、俺がお前を護王十騎士にしてやる」
「断る」
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