第10話

「どういうことでしょうか?」


 サマーナはひどく狼狽えている。無理もない。主からいきなり憎いかなどと聞かれてはどんな従者であれど動揺するに違いない。だが、俺は続けるしかない。


「俺の母上、ソフィア・オルネーソが自ら命を絶った原因はひとつ。だ」


「いきなり何を仰っているのですか?」


「馬鹿でも分かるさ。母は俺を産んでしまった。優秀な兄姉を産んでいるのにも関わらず、たった一回、俺を産んでしまったがためにオルネーソの名を汚したとして四方八方から中傷され、また夫人会で嫌がらせもされた」


「貴方に一体何が分かるんです!」


「その怒りも何もかもだ。を殺した俺は全てを受け止める義務がある」


 サマーナは俺の母、ソフィアの寵愛を受けていた。母は下町で捨てられていたサマーナを実の子のように可愛がり、またサマーナもそんな母を敬愛していた。しかし、母は俺を産んでからとてつもない非難を世間から浴び、心労により自殺をした。俺が2歳のときだ。母の遺言により、サマーナは俺の面倒を引き受けたのだ。その遺言の真意は俺に対する母の後ろめたさからなのだろうか。それは明かされていないので知るよしもない。


「......」


「割り切れないだろう。俺さえ産まれなければ母は命を落とすこともなかったから。現に兄上や姉上は優秀な人材だ」


「もう何も仰らないでください」


「あまりにも早いがここで決着をつけよう。サマーナ、憎いか?」


 --:

 

 この方は本当に10歳という若さなのでしょうか。その見た目から発せられる厳かな気配は私よりも大人びている。その目は全てを見透かしてるように。ゆっくりと優しく私の心を解し開けようとする。


「ソフィア様の遺言はご存知でしょうか?」


「聞かせてくれ」


 彼の強さは知っている。物心つく前は泣き虫だった。いつからか、泣くことを辞めて、強くなろうとしていた。


「精霊の代わりに貴女が導いて、サマーナ」


「母上...」


 その場に静寂が訪れる。破ったのはサマーナの一言であった。



「だから私は答えたんです。

  と」


 だからこそ、一層憎たらしい。惨めに泣き喚いていればまだ可愛げ憐れみがあったのに。


「あぁ、そう言えば《憎いか》とお聞きになられましたね。 ええ、貴方様の仰る通りです。受け止める義務? まだ年端もいかぬお子様が何を言っておられるのやら」


 サマーナは鼻で笑う。今まで押し殺してきた感情を吐き出すように。


「貴方様のことはずっと、ずぅっと大嫌いでした。貴方様の顔を見る度にあの方の面影がちらついて─殺したくなる」


 言葉がでない。なんと言ったらいいのか分からない。俺は覚悟をしてきたんじゃないのか。


「私のことを気にかけて下さっているようですけれど、本当に慮って下さっているならば今ここでソフィア様を甦らせてください」


「それは、できない」


「ですよね。ならば、その半端な気遣いは私の気に障るだけなのでお止め下さい。それに、その大人びた振る舞いや言動も見ていて痛々しいだけなのでお止めになった方がよろしいですよ」


「ああ」


「正直、貴方が家から去るなんてこの上なく清々します。ようやく、私はこの忌々しい鎖から解き放たれる。こんなに喜ばしいことはございません」


 サマーナは嬉しそうに笑う。 こんな形で俺の見たかったその幸せそうな笑顔が─


「最後にこのような場を設けてくださったことは感謝します。もう会うことはないでしょう、さようならディード様」


 一礼して、サマーナはその場を立ち去る。


 俺は一言も発することも出来ずにその場に立ち尽くしていた。


 惨めだ。あんなにカッコつけておいて、まともに受け止めることが出来なかった。ただ、流されるまま、聞いていることしか出来なかった。


「かっこ悪いなぁ」


 部屋に戻り、幾つかハルネと父に伝言を宛てて、逃げるように家を出た。おそらく、もう俺はここには戻ってこない。帰る勇気すらない。なんてみっともない家出なんだろう。



「どこいくのよ。こんな夜更けに」


 家の門を出ると、そこにはハルネが居た。


「あ」


「あ、じゃないわよ。あんだけ言われてしっぽ巻いて逃げるの?」


「俺はのつもりだったから。これ以上サマーナを刺激するつもりはない」


「ふーん。あんたがそれでいいならこれ以上何も言わない。それじゃ、行きましょ」


「え?」


「「あ」だの 、「え」だの、まともに話せないわけ? あの女の言動がそんなにショックだった? あんた、そんなにメンタル弱かったっけ?」


 呆れたように首をふるハルネ。


「着いてくるつもりなのか......?」


「当たり前じゃない。あたしはあんたのなんだから」


「そうか。......そうか」


 この世界に来てから、今この時までずっと言い様もない孤独感に苛まれていた。それは俺が異世界から転生したであり、ディード自身が孤独であったから。


 でも、彼女だけは


「ありがとう」


「感謝のきもちはお菓子でね。とびっきり甘いやつ!」


「でも、いいんだ」


「あえ?」


 誇らしげに胸を張っていたハルネは前のめりに驚愕する。


「これは最初から決めてたことだ。俺は一人で行くよ」


「バカ! 馬車でのあれはジョークでしょ! 第一、あんたが居なくなったらあたしは誰に─「なんだかんだいってお前は生きていけるさ。父上にも良くしてくれと言ってある。まあ、俺の時よりはサボれないだろうが、今までの分、働けということだ」


「ばーか! ディードのアホ! 精霊に焼かれて死んじゃえ!」


「じゃあなハルネ。お前はこの屋敷で唯一の灯火だったよ。元気でな」


 未だ喚くハルネを背にディードは振り返ることなく進む。


 その夜、かの当主の寝室の燭台の灯がやけに揺れたそうな。












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