第9話

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「皆、怪我はないか?」


「問題ないわ」


「お前の心配はしてない」


「なんでよ!」


 ハルネが飛びかかって頭を齧ってくる。それも効かない。それよりも彼女の歯が心配だ。


「見事な闘いでした」


 サマーナが口を開く。その表情がいつもより揺らいでいた。戦う直前の言葉が引っ掛かったのだろうか。


「ディード様」


「フォールテ嬢、私の不貞に巻き込んでしまい申し訳ない。お怪我はないですか?」


「お強いですのね」


「まあ、それなりに戦えるでしょう?」


「ええ、とても」


「素晴らしい。想像以上だよ、ディード君」


 パチパチと拍手をしながら、どこからともなくコール殿下が現れる。


「で、殿下、どうしてここへ?」


 あからさまにうろたえるフォールテ。やはり、まだまだ未熟らしい。


「なんでって、公爵家の二人が会場からいなくなったんだ。気にならないはずがないよ」


「では、事の醜聞も殿下の耳へ?」


「それとなく聞いたよ。その事については」


「お恥ずかしい限りです」


「いいや、この件はゴンダ伯爵の無礼が招いたもの。自身の名誉を汚されたとあればこの度の仕打ちはまだ甘い方だ。君たちの親である公爵たちなら一族郎党を路頭に彷徨わせてるだろうね」


 あぁ、やっぱり父上ってそんなことしてるんだ。いかにも、だもんなー。というか、メンドーン家もかよ。あの温厚そうな見た目してとんだ狸だったのか。


「それにしても、だ。ディード君、君の実力は凄まじいね。ぜひ明日からでも騎士団の訓練に参加してほしい。あそこは養成所も併設されてるから今から入って、将来、僕の隣に立ってくれないか?」


「熱烈ですね。それほど、私が御目金にかかりましたか?」


「もちろんだよ。この齢であれほどの実力、学の無い者でもその価値は分かる」


「なるほど。しかし、これは私の一存では決めかねぬ事ですので一度父上に通していただけませんか?私としても殿下のご期待に沿いたいのですが」


「まだお互いに子どもだ。それは仕方ない。公爵からの快い返事を待つことにするよ」


「お心遣い痛み入ります」


 悪くない話だった。魔法が使えない俺とってそれは約束された出世コース。それでも、俺はまだ家でことがある。一日もあれば終わることだが、。そうだろ?サマーナ。


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「なんであの時、王子様の誘いを断ったの?」


 帰りの馬車の中、クッキーを頬張りながらハルネが聞いてきた。


「断ったわけじゃない。俺が勝手に承諾したら家に迷惑がかかるだろ?」


「それだけ?」


「あぁ」


「あたしと離れるのが寂しいとかじゃなくて?」


「なくもないかな」


「へぇ~。そこのところはまだまだお子さまってことね。図体は大きくなっても~~~」


 実際、その感情もある。養成所には身一つで行かなければいけない。従者なんてもっての他だ。親しいハルネと離れるのは少し寂しい。まあ、それよりもサマーナと確執を持ったままで時を重ねてしまうことを危惧してたというのが一番だ。


 当のサマーナは闇に染まっていく空に視線を沈めている。心此処に在らずだな。きっと、のことを考えているんだろう。


「ねぇ、聞いてる?」


「聞いてない」


 ゆっくりと思案に更けさせてもくれないか。全くとんだ騒がしい従者ともをもったものだ。


「そう。それにしても、今日は疲れたわ。グッスリ眠れそう」


「お前はいつでも快眠だろ?」


「いつにもましてよ。久々に良い夢が見られそうだわ」


「どんな夢だ?」


「さぁ?でも、きっと楽しい夢ね。燃えるような熱い夢」


「随分と詩的だな。詩人にでもなるか?」


「それもいいかもね。一発当てて一攫千金よ」


「そりゃいい夢だ。俺にもおこぼれをくれよ」


「公爵子息様には金なんて腐り物でしょ?」


「そんなの今だけだ。俺は父の気まぐれで生き残ってるだけ。生涯公爵家である保証はどこにもない」


「じゃあ、もし、ディードが落ちぶれたらお小遣い程度には恵んであげる」


「そりゃどうも」


 おしゃべりなおてんば少女。彼女がいなければ俺は今のような平静を保てていただろうか?正気でいられただろうか?ゲームのディードのように堕ちていたのではないだろうか?彼女と言葉を交わす度にそのありがたみを噛み締める。だが、それは表に出さないし、出すつもりもない。俺たちはこんな関係でいいんだ。お互いに軽口が叩けるぐらいのな。


「何ニヤついてんのよ?」


「いや、少し面白かったから」


「そうかしら?変な笑いのツボね」


「そんなことより、食い過ぎだぞお前。宮廷であれだけ食ったのに、太るぞ」

 

 騒動後、俺たちは会場に戻ってパーティーを楽しんだ。ゴンダ伯爵は従者に連れられて一足先に帰ったようだった。


 俺がサラダを摘まんでいると、横にいたハルネがとんでもない暴挙をしでかした。なんと近くのテーブルにある料理を手掴みでヒョイと口に放り込んだのだ。俺は慌てて止めたが本人は不服そうに「バレないようにって言ったからこうしてやってんでしょ?」とのたまった。それでも誤魔化しがあまりにド下手くそなので皿に余分な料理を盛って、俺を陰にしてその分を食べさせた。フォールテからは丸見えだった。彼女は苦笑いして、「これじゃどちらが従者かわかりませんね」と言っていた。


「太らないわよ。あたしは特別だから」


「そう言って太った人間は数知れず」


「子どもが何知った風に言ってんのよ」


「一般論だ」


「お二方、そろそろ着きますよ。降車の用意を」


 いつの間にか現に戻ってきていたサマーナに促される。


「そうか」


「やっとこれで休めるわ」


「お前は従者だ。この言葉を理解できるか?」


「今日はやけに厳しいわね。分かったわよ」


 帰宅後、いそいそとハルネも仕事をしていた。俺は湯浴みを終えて、床に入る直前にサマーナだけを呼び出した。


「何の御用でしょうか?」


「本当はもっと俺が大きくなってから話し合うつもりだったんだ」


 俺が学園に入る頃合い。それくらいの歳でなければそれは単にガキの戯言にすぎない。そう思っていたから。でも、もし、養成所に行くことになればいつ家に帰ってくることになるかどうか分からない。ならば、今ここで決着をつけるのが吉なのかもしれない。


「サマーナ、俺が憎いか?」













 


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