第6話

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「婚約者、ですか?」


 ディード10歳の誕生日。父にいきなり呼び出されたと思えば、唐突に宣言された。


「そうだ。不本意だがお前もそろそろ社交界に顔をださなければならない。そのとき、パートナーがいないとなるとそれこそ我が家の恥だ」


「あ、相手方は?」


 俺は既に知っている。相手は我がオルネーソ家の宿敵、メーンドン家の令嬢であるフォールテ・メーンドン公爵令嬢だ。そして、『グレイロード』のメインヒロインである。


 関係改善を由としたこの婚約は互いの意思を思いっきり度外視しているため、ゲーム開始時で両者の関係性は思いっきり冷えきっている。ただ、ディードは彼女に少なからず好意を寄せていた。

 しかし、フォールテの方はディードのことを非常に嫌っており、また、ディードも素直になれない性格だったため、最悪の好感度だった。


 そして、『グレイロード』のメインヒロインという点だ。つまり、ディードは主人公に婚約者を寝取られるということだ。ならば、最初からそこまで関係を深める必要もないだろう。


 どのようにして寝取られるのかって?お察しの通り、学園でグレイがフォールテに優しくしてコロリよ。まったく、ゲームだからいいものの現実でしたら糾弾ものだよ。


「相手はメーンドン家のフォールテ嬢だ」


 予想通りの回答にディードは溜飲を下げる。


「あまり、驚いてないようだな」


「以前から、かの家とは関係改善を図っていると聞きましたので」


「ほう」


 公爵は感心の息を漏らし、顎を撫でた。


「顔合わせは明日だ。メーンドン家がこちらに訪ねてくる。それまでに身仕度と心構えを済ませておけ」


「随分と急ですね」


「何分、こちらが強く出れないのでな」


 理由はおそらくだ。俺が魔法を使えないから父はメーンドン公爵に丸め込まれたのだろう。


「申し訳ございません」


「...話は以上だ。下がっていい」


 ディードは一礼して、部屋を出た。


「ハーバラ様よ、我らが貴女に何をしたというとのですか......」


 哀しげな呟きが執務室にこだまする。


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「ディードに婚約者ねぇ」


 ハルネはベッドで寝そべりながらばた足をしている。


「おい、埃が舞うから止めろ」


「いーじゃない。喘息持ちでもないくせにいちいち煩いわね」


「よくない。誰が掃除すると思ってるんだ?」


「サマーナでしょ?」


「お前がしろ。曲がりなりにも専属従者を名乗りたいのならな」


 ハルネはもはや従者として機能していない。仕事は完全にサマーナに任せきりだし、それで成り立っているのでさらにだらけるという悪循環を辿っている。


「サマーナは身の回りの物理的専門で、あたしはディードのメンタルケアの精神的専門でちゃんと住み分けしてるのよ」


「そうやって寝転びながら本を読むことで俺の精神に良い影響を与えていると思ってるのか?」


「なら、独り寂しく勉強でもしてたら?」


 機嫌を損ねたのか、ハルネはベッドから飛び降りて部屋から出ていった。


「まったく、サマーナにも迷惑をかけるな」


「かまいませんよ」


 対して、サマーナは仕事の精度が上がるに連れて口数も少なくなった。最近は事務的な会話ぐらいしかまともに話していない。俺との関係性はゲーム開始時に段々と近づいている。早めに手を打つべきだろうか。だが、未知の領域で一歩踏み出せる勇気はない。


「フォールテ・メーンドンか」


 水に踊る歌姫セイレーンと呼ばれる彼女は歌うように可憐な声で呪文を詠唱する。また、身のこなしも軽やかでゲーム内でも回避率はパーティー随一。水魔法は攻撃力は無いものの回復やデバフが優秀であり、そのスペシャリストである彼女はゲームであればスタメンに入れておきたい。だが、これは現実。俺と彼女はおそらく相容れない。そもそも、魔法が使えない俺が前線で戦うことはないし、そのつもりもない。


「ま、会うだけ会ってみるか」


 

 ---


「ど、どうも、君が、ディード君、かね?」


 口髭を蓄えた中年。彼がメーンドン公爵だということは一目で解った。しかし、驚くべきはその身長だ。


「はい。私がディード・オルネーソでございます」

 

 俺と同じなのだ。身長が。10歳である俺と同じ。ゲームの立ち絵では分からなかったがこんなに小さかったのか、この人。


「大きいね、うん、とてもフォールテと同じ歳とは思えない」


 その後ろでフォールテが控えていた。なるほど、目が死んでる。この時点で俺との婚約は嫌だったのか。


「立ち話もなんでしょう。どうぞ、掛けてくれたまえ」


 父が二人に着席を勧めると、フォールテはサッと、公爵はおずおずと席についた。その後、挨拶や世間話などを交わして、お決まりの二人の時間を作りましょうということでフォールテと二人きりになった。


「お聞きしたいのですが」


 俺が口を開く前にフォールテが口を開いた。


「なんでしょう?」


「魔法が使えないというのは本当のことなのでしょうか?」


「ええ、事実です」


「そうですか」


 流石、水に踊る歌姫。透き通るような声だ。その声と姿も相まって既に深窓の令嬢感満載だ。


「魔法が使えないから身体を鍛えていらっしゃるのですか?」


「ええ、よく知っておられるようで」


「哀しいですね」


 うぐっ!なんてひどい!とは思わない。この世界で魔法を使えないということはこういうことなのだ。それはこの6年間で嫌になるほど味わった。おかげで親しいと言えるものはハルネ一人だけだ。哀しい。


「父上からこの婚約はあくまで上辺だけだと聞いてます。だから、私もそのつもりです。貴方と仲良くなるつもりはありません」


 メーンドン家の教育の賜物だ。8歳でこんなに冷たい言葉が発せられるなんてな。これじゃディードも余計にひねくれちまうよ。


「分かりました。なら、俺も貴女とは格好だけの関係だと割り切りましょう」


「分かっていただけて結構です」


 声色、口調からして完全に下に見られてるな。魔法が使えない人間は貴族でも、か。どちらにしろ、俺も彼女とは親しくするつもりはなかったし、大方予想通りの結果ともいえるだろうな。


 残りの時間、彼女は持参した本を読み、俺は筋トレに勤しんでいた。



「どうだった?婚約者」


 会合を終えて、部屋に戻ると興味ありげにハルネが問いかけてきた。


「予想通りだよ。魔法が使えない男には興味ないってさ」


「ふぅん。相変わらずね、人間って」

 

「この世界なら仕方ないだろ。それにお前もその人間だ」


「結局、ディードのお友達はあたし一人ってことね」


「お前は従者だろ」


「じゃあ、聞くわね。前みたいに従者っぽくいてほしい?それとも今みたいな友人っぽくいてほしい?」


「それは...」


 意地悪な質問だ。答えはひとつなのに。


「そういうこと、ね」


 ハルネは悪戯げにウインクをする。


「そういうこと、だ」


 サマーナは何一つ聞いてこなかった。俺とハルネが喋ってる間、ずっと部屋の隅でニコニコと笑っていた。






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