第4話
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「最近、何やら走りこんでいるようですね」
俺が昼食を食べているとサマーナが話しかけてきた。
「あ、うん。ちょっと体力をつけようと思って」
いつまでも敬語だと怪しまれるので少しだけ口調を崩す。けど、本編のように高圧的なものではなく、それでいて主らしさを目指した口調だ。
「どうしてそんなことをしようと?」
「魔法が使えないから。なら、身体だけでも強くしようかなって」
「ふーん。もう魔法は諦めるんですか?」
ハルネがつまらなさそうに話しかけてくる。
「いや、そのつもりもないよ」
「じゃあ、魔法は後回しに?」
「精霊と話せるようになるまではね」
「精霊と話す?」
ハルネは目を丸くして、ディードを食い入るように見る。サマーナはクスリと口元に手を当てて笑った。
「そんな馬鹿げたこと、ディード様は出来ると思っているんですか?」
「何で僕が嫌われてるのか。とても気になるし」
「答えになってませんよ」
「今のが答えだよ。やるんだ。それしかない」
「フフ、頑張ってくださいね」
サマーナはニコリと笑う。ハルネは黙ってじっとディードを見つめていた。
とにかく、やるっきゃない。食事を終えたら、少し読書してから走り込みだ。食後の急な運動は横っ腹が痛くなるからな。
読書、といっても部屋には童話の絵本しかないのでそれで暇を潰す。『鉄の街レティシアと風の精霊』、『鼻たれミスティ』、『ロンドと土の家』と本の数は事欠かかない。
「精霊は気まぐれで好き嫌いが激しい。特に嫌いな者には色々な嫌がらせをする。出かける時に雨を降らしたり、料理するときに火を消したり」
嫌がらせ?俺の場合は魔法を使わせないか。
「そんな精霊の機嫌を取るには宝石を捧げるしかない、か。現状は」
童話で解ることはこれくらいしかない。この家の書庫に行ってみたいが、どうやら兄姉が占領しているらしいので俺は入れない。特に兄姉からの差別が厳しいからな。
「さて、走るか」
本を閉じて庭に向かう。日課のランニングは日中、体力の限界まで行うのだ。
「はぁ、はぁ」
空は紅に染まり、陽は西に沈みかけている。始めは10分ももたなかったランニングは1ヶ月でここまで昇華した。元の
俺は徐々にスピードを落として息を整える。庭を一周ほど歩いた後に体操をして、身体をほぐす。これで今日掛かった負荷を軽くする。
「お疲れ様です。ディード様」
サマーナが水とタオルを持って来てくれた。俺はありがとうといってそれを受けとる。
「もうすぐお食事ですので汗を拭いたら部屋にお戻りください」
「わかった」
サマーナが去ると入れ替わるようにハルネが来た。
「これ、食べてください。水だけじゃ身体に悪いので」
ハルネが持ってきたのは柑橘系の果物を砂糖と塩で浸けたものだった。
「ありがとう、ハルネ」
「まったく、サマーナったらいまひとつが足りないわね」
「その足りない部分を補うのがハルネなんじゃない?」
「ディード様ってたまに4歳児とは思えない発言してません?」
「気のせいだよ」
次の日からは、ランニングに加えて筋トレもするようになった。ランニングの時間を朝食後から昼食まで、筋トレの時間を昼食後から1、2時間、その後に日没までランニング、夕食後に風呂までの1時間を筋トレに費やした。また、食事のメニューの変更を頼んだがそれは却下された。でも、ハルネがどこからか鶏肉と野菜を調達して食べさせてくれた。
そんな生活が3ヶ月ほど続けると、明らかに身体に変化が起こった。まず、身長の伸びた。一般的に筋肉を付けすぎると背が伸びないとされるが、適度な筋トレは己の身長を成長させた。多分120cmくらいになった。次に筋力の増加。筋トレをしているから当たり前だが、それでも己が想像していた筋肉とは質が違った。
ひとつ、見た目がゴツくなっていない。いわゆるボディービルダーのようなマッチョではないのだ。ふたつ、マッチョじゃないのにものすごい力がついた。みっつ、力だけじゃなくて瞬発力もついた。
正直、ここまでの成果が出るとは思っていなかった。さすがゲーム内で身体能力の伸び代がトップクラスなだけはある。本編でも魔法に拘らず、身体を鍛えればよかったのでは?というのは愚問だろう。
予定してよりも早くに基盤が出来上がった。嬉しい誤算だ。これからは木剣の素振りとシャドウなどもメニューに入れよう。
ルンルン気分で廊下を歩いていると、ばったりと出くわしてしまった。
父親と
「父上、ごきげんよう。僕はこれから食事なので失礼します」
早口で言い終えると、逃げるように横を通り抜ける。
「ディード」
重く低い声が上からのしかかってくる。
「はい」
足が止まった。いや、止めざるを得ない。これ以上、歩みを進めることは全身が拒絶した。
「少し、大きくなったか?」
予想外の言葉に面を食らった。もっと、こう、侮蔑的な言葉が飛んでくるかと思ったから。
「最近、鍛えていますから多少は」
「肉体を、か?」
「はい」
「そうか」
父は噛み締めるように呟いた。そして、黙って歩いていった。なんだったんだろうか。少し怖いが、お腹が減ってきたのでとにかく自室へ戻ろう。
「じゃーん、どうですか?ディード様」
「うん、美味しそうだよ」
食事はほぼハルネが作る料理だけになっていた。最近はサマーナも手伝っているようだ。今日のメニューは蒸し鶏の餡掛けに豆のスープ、サラダだ。
「美味しい。さすがだね」
「「ありがとうございます」」
食事を終えた後、少し身体をほぐしてからまた筋トレを始めた。そして風呂で汗を流したあとは、いつもぐっすりと眠る。これがルーティン。このルーティンに徐々にメニューを加えていくのだ。さぁ、もう今日は寝よう。
「最近、ディード様って前向きで素直になったよね。喜ばしいことだわ」
「はい、それはもう素直に、前向きになられました」
─憎たらしいほどに
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