第3話 

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 俺がディードになってから一夜、ようやく状況を受け入れた。次の日、俺は目覚めてからまだ暖かい朝飯を食べて、庭に出た。その間、サマーナとは機械的な挨拶を交わし、ハルネとは二言ほど挨拶しただけだ。


「しかし、まだあの二人は優しいほうだなぁ」


 俺は庭を散歩しながら呟く。そう思うのも仕方ない。他の人たちは俺を汚物かのように接するのだ。まぁ、それはディードがオルネーソ家のであるがゆえだ。


「ここなら人の気配もないし、試すか」


 目を瞑り、指先に力を込める。


「『火よ、点けファイア』」


 念じながらそう唱えるが何も起こらない。


「やっぱり、か」


 俺は納得しつつもやはり煮え切らない思いが募る。ゲームでディードは魔法を使わない。いや、使。ディードは魔法の才能が皆無。簡単な魔法すら使えない。マッチ大の火さえ、起こせない。その事実は炎魔法の名家であるオルネーソ家を震撼させた。


 そのため、オルネーソ家はディードのことをと呼び、疎むのだ。


「『水よ、潤せストロ』『土よ、隆れジアス』『風よ、撫でろフーガ』...この分だと他の魔法もだめだな」


 大きな溜め息が漏れる。有識者が解析した内部データ通りだ。ディードは。有識者によると、ディードの魔法能力値は全属性で。公式ブックガイドによると一般人ですら何かしらの属性で10はあるのにね。


「救われないなぁ」


 ディードは本編で自身が炎魔法が使えないことを酷くコンプレックスに思っていた。なので、腕に仕込みの魔法銃などを使って形だけでも炎魔法が使えるように見せていた。それでも、自分は炎魔法にこだわっているだけで他の魔法なら使えるんだと心の何処かで思っていたのだ。本編でもその葛藤が見られた。


 でも、現実は魔法すら使えない。本当に哀れで惨めな悪役だ。


「何で精霊に嫌われたんだろうな。性格ゆえか?いや、あの粘着質で嫌らしい性格は環境によるものだろ。魔法が使えないから歪んだんだ」


 この世界で魔法を行使するには精霊の協力が不可欠だ。この世の現象は魔法も含めて全て精霊によるものと言われている。己の魔力を精霊に分け与えることによってその対価として魔法が発動する。これが魔法の基本原理。


 その魔力が高貴であるほど、魔法の威力は凄まじくなる。高貴であるというのは貴賤を問わず、魔力の質で決まる。ただし、質が高い者の一族が貴族であるため、やはり魔法の才能が有るものは貴族に限られてくる。


「やってられないよなぁ、ディード」


 俺は未来の、本編のディードに想いを馳せる。あれだけ憎たらしかった悪役が今では可哀想な少年にしか映らない。きっと、幾千もの夜を涙流して明かしたんだろうな。


「ディードにも精霊が見えたら、何か一つ違ったんだろうな」


 6年後にこの家にやって来る少年を思い浮かべる。オルネーソ家の至宝にして『グレイロード』の主人公、グレイ・ロード・オルネーソだ。この名前はエンディングにて明かされる。ロードは王族にしか使われないミドルネーム。つまり、そういうことだ。


 主人公は王様とオルネーソ公爵の妹との子供。しかし、二人は婚姻関係ではない。側室にするとの話もあったが結局、その前に公爵の妹はこの世を去った。


 公爵も王様には強く言えないので、黙認していたが妹を大事に思っていた公爵はその反動でかなりやさぐれてしまった。まあ、理由はそれだけではないが。



 家に来るまでの間、グレイは何処に居たのかって?それはもちろん、王宮だ。側室候補の母と一緒に過ごしていたが、母が死んだ途端に厄介払いで下町に捨てられた。そして、数年ほど下町で過ごしたあとに公爵に拾われるという話だ。


 何とも酷い話だがこれにはまた裏があって、と中々に濃い人生を主人公は歩んでいるのだ、現在進行形で。


「俺は俺で頑張らないとな」


 まず、考えることは魔法を捨てるか否か。現時点ではほぼ一択だが、これからの行動次第では変わってくるかもしれない。ここで、完全に捨てきるのは早計ではないか?


「身体を鍛えつつ、魔法、いや精霊たちと交信する方法を探るか?」


 しかし、今の幼い俺にそこまで多方面に力を分担する体力はない。なら、一つ一つこなしていけばいい。


「一旦、魔法のことはおいといてとりあえず体力作りか」


 そうと決まれば、最初は走り込みだ。次は追々考えていけばいい!


 その日から、オルネーソ家の庭を走り回るディードの姿が見られるようになった。

 

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