不思議な彼女 その十




「彼女、本当に不思議な人ね」


 メアリーが俺に声を掛けた。友希ゆうきの席をぼんやり見ている事に気付かされる。


「私の事を、じっと見ていたの。それで、彼女と目が合うと、私のドレスを褒めてくれたの」


「その、緑色の服を?」


「やっぱり、これだから男はダメね。キィは、ちゃんと気付いてくれたわよ? この国の新緑と、エバーグリーンに敬意を込めた衣装だって事に」


 メアリーの口調は、俺の言葉をゴミ箱に投げ入れ、友希の言葉は反対に、大切に包み上げるように思い出しているようだった。


「それで、キィは次のように続けたの。私のドレスの色は、地元を思い起こさせてくれます、って」


 さぞメアリーを見る俺の目が、怪訝けげんに映った事だろう。友希は、言葉を発信する機会が多い仕事をいくつかしているが、プライベートの話題は控えている。ましてや警戒心が強い友希が、初対面の相手に地元の話をするなんて信じられなかったからだ。

 そんな事情を知らないであろうメアリーは、構わず話を続けている。


「山々に囲まれて、この時期は水を張ったばかりの水田が、空や周囲の風景を映し出す水鏡になるんですって」


 メアリーは、夢見心地のように思い出した言葉をこぼす。


「見てみたいね」


「ええ、是非見てみたいわ」


 吐息混じりの恋人の言葉につられたのか、ジェフも参加した。俺こそ不思議に思う事が目の前で起きている。この囁きさえも、二人は日本語を使用しているのだ。

 それだけではなく、日本以外の国から派遣されている職員も、普段から日本語をつかう。日本語が操れる事を、自慢している様子さえ感じる場面がある。


「それのどこが不思議なんだ」


 当初の疑問が流れそうになっていたので、二人の世界に没入される前に質問で引き戻す。


「ああ、その事ね」


 メアリーは、ゼリーに匙を入れた。


「緑色も映えるけれど、赤をまとっていますね、って。それと、私の誕生日を当てたの。日付は前後三日の間があったけれど、当てられたのも同然の気分だったわ」


「は?」


 俺の間抜けな返事に反応して、ジェフが続いた。


「あ、オレもオレも。赤いって言われた。誕生日も、十二月の八~のどこかじゃないか~って。魔女って言うか、占い師と言った方が正しい?」


「素質はあるかもしれない。ヨークっていう占い師とラジオ番組を持っているからな。何でも、その番組は相手の指名で決まったと聞いた」


「え、そうなの? そっちの番組は聞いていなかったな。今度チェックしなきゃね」


 言いつつ、ジェフは俺に向かってウィンクする。ジェフの言動に対して適当に返事をしたが、俺の態度にジェフは不満をぶつける事はなかった。

 今は、ゼリーを食べるメアリーとの会話を優先してしまっている。


 俺もメアリーに倣うようにゼリーに集中する。改めて、美味いと思う。食べられる物なら何でも美味しいと言う友希だが、この季節は枇杷びわゼリーがスーパーマーケットに並ぶと必ず買ってしまうと語っていただけはある。


「不思議な味ね。初めてだけど、とても美味しいわ。アプリコットに似ているからかしら」


 食べる速度は高いメアリーだが、時間を費やして惜しむようにゼリー食べている。今まで意識したことはなかったが、メアリーの食べ方は“迎え舌”ってやつじゃないのかな。

 以前、友希と映画を見ていると、女優の食事シーンについて指摘していた事がある。


『美人なのに、もったいない』


 と、残念そうにひとり言をこぼしていた。その食べ方に似ている。


 その事には触れずに、俺もゼリーを食べ進めていた。すると、様子を窺うジェフの気配を察したが、あえて無視をしているとジェフに動きがあった。


「ああ、分かった」


「は? 何が」


「初めて会ったキィに親近感と言うか、安心感があった理由」


 作品を通して知っていた事とは、別の感覚だとジェフは付け加えた。


「食べ方だよ。日本人って食器を持ったり、こぼれないように手をくちに近付けたり、オレ達から見ると違和感が多いだろ?」


「違和感って、そんな言い方はないだろう。そもそもここは日本だし、日本人の食べ方を俺達が指摘するのは」


 ここまで言い終え、先程からまとわり付く未解決の疑問と共に再び脳裏に現れた。不安をともなう違和感の事だ。


「ほ~ら、もう分かっただろう。キィは、アメリカ人みたいな食べ方をしていたんだよ」


 そうだ。見苦しい事を嫌う友希が、うつわも持たずにゼリーをくちに運んでいた。それだけじゃない、もっと他に決定的な不安が居座る。確認したいのに、もやの向こうに答えがあるような、もどかしい気分が広がった。


「それにしても、キィは遅いな」


化粧室パウダールームで、お化粧を直しているのよ。女性は何かと大変なの」


 化粧直し? そうだろうか。そんな事は、まずあり得ない。用心深く綺麗好きの友希は、客の質も分からない初めて訪れた店のレストルームを利用しないし、不特定多数が利用するレストルームの利用は避けている。

 だから、外に出るとほとんど飲食をしないし、目的地以外の寄り道もしない。


 ここで、再び空席を見ると、ようやく違和感の一つが浮かび上がる。


「だって、キィのバッグがないもの」


 友希のバッグがない。


 メアリーの指摘で、一気に友希に起きていた違和感の理由が解けた。


Shootクッソ、しまった!」


「お~お~、お上品なアメリカのスラングなんか使っちゃって」


「俺はアメリカ人だよっ」


 ジェフの軽口をはね除けながら、出入口でもある引き戸を勢い良く開いた。その正面には丁度、俺達を案内してくれた最初の店員が居て、驚いた様子で身を引いているところだった。



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