雨の声 その三
左側に時間、右側に重量が表示される
ガラス製の珈琲サーバーには、途切れない液体が真っ直ぐ下に落ちて珈琲抽出液となって順調に溜まっていく。
うむ。狙い通り、山ではなく平地の未熟で淡い緑色の匂いを出せた。カップと珈琲との境目も、同じ色になるやろ。
この珈琲の淹れ方は人によってホンマに様々で、正解を探す事は避けた方が
さすがに、吉田さんみたいに商売として珈琲を淹れてはる人に同じ事は言えへんけどな。『どんな道具を使っても、狙った通りのこの味が出せる』な~んて豪語したバリスタチャンピオンの一言は格好良かった。そこが、プロフェッショナルと単なる愛好家との違いやと思ったもん。
「珈琲、どんな感じ?」
「こら、危ないじゃないか。ここからが落とし所で大事な時間帯なんだぞ」
「
「い、良い訳ないでしょ。本当にダメだって、手元が狂う」
マイクやないからっ! 耳をマイク代わりにせんでも聞こえてるから! く~、くすぐったいけど、悠士さんと珈琲に怪我させる訳にはいかん。もう少しで、注ぎ終わるから。集中するんや。うむ、集中。
「これ、中煎り?」
「そうだよ。イエメン、タンザニア、エチオピアのブレンド。果物との組み合わせには、中煎りの方が良いかなと思って。まずはこれで試してみよう」
「うん、楽しみ」
悠士さんは、スパイスや果実の香気が豊かで酸味が強い、中煎りの珈琲がお好みやから丁度良かった。私は、どちらかと言えば逆の
「居るついでに、悠士さんのカップ持って来て欲しいな」
「友希さんにくっついてるから、今は無理」
「何を言ってるんだよ、本当に」
悠士さんのクラシカルな赤のバレル型のカップ。私の白いバレル型のカップに珈琲を注ぎ、リビングルームのローテーブルに置く。
カップの近くには、既に悠士さんが用意してくれはった洗いたての水滴が瑞々しさを演出するお高級なサクランボが、ガラスのボウルに満たされている。
う、うん。男の人に、盛り付けの良し悪しを期待してはいかんな。張りがあって、見るからに新鮮で美味しそうやもん。それだけでも
「友希さん。ほら、ここに座って」
見れば、クリーム色のカウチソファーに悠士さんが座ってはる。ジーンズに包まれた腿を大きく開き、その空間を軽く叩いて私を誘導する。さっきまで、私が座っていた位置でもある訳やが。
「お断り。今から珈琲を飲むのに危ないでしょう?」
どうしても駄目なの? 目尻がやや垂れる悠士さんの表情が私を見上げる。おやつをねだる子犬か、君は。天然か作り込まれたモンかはともかく、コレをやられた女性は一瞬で堕ちて言いなりになるんやろうな。恐ろしい話やで。
構っていると時間も惜しいから、私は容赦なく悠士さんの右側の定位置に座る。
「悠士君、サクランボを用意してくれて、ありがとう。いただきます」
「こちらこそ。珈琲を淹れてくれて、ありがとう。凄く良い匂いだから、早く飲みたくて仕方がなかったんだ」
「まだ熱いから気を付けて」
「ん~」
うわぉ、もう
「美味しいし、思った通り香りの抜け方が他の珈琲とは全然違うね」
「九割以上、珈琲豆のポテンシャルと水のおかげだよ。私が使い切れなかった豆で、悠士君が珈琲を淹れた時とそんなに変わらないでしょう?」
「いいや、違う。教えてもらった通りに挽いて淹れても、こんな風にならない。友希さんが淹れてくれるから、美味しいんだよ」
こりゃ絵になるわ。宇宙一の男前が、カップ片手に微笑みかけてくれる。
すると、悠士さんは
悠士さんと私は、服越しの体温を共有しながら、視線は正面のモニターに向けられている。悠士さんが、気を利かせてゲーム画面から動画アプリケーションを立ち上げていてくれて、私が大のお気に入りの動画主さんの番組を流してくれていた。
ホンマに、何で私なんやろう。今、悠士さんの腕の内側に居るのは、本来もっと相応しい人が居てはるはずやのに。
せっかく、悠士さんの気遣いで流れている動画やけど、私の意識は仮説の組み立ての領域へと埋没してしもうた。
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