不思議な彼女 その三
「それはそうと、どうして先生の食事だけ違うんだい? ソレ、茶碗蒸しってヤツだろ?」
先生と呼んだ相手に対して、普段丸出しの態度はいかがなものなのだろうか。ジェフが何を食べたのかは分からないが、頬張りながら篭もった声で質問をしている。
これは、非常に
友希の片手は軽く握られ、自身が咀嚼する口元を隠している。友希は、口の中に食べ物を入れている時は、喋ろうとしない。相手が、悪い印象を持ったとしても、だ。
伏し目がちになった切れ長の目には、返事が止まっている事を申し訳なさそうにしている雰囲気がある。それは、ジェフにも伝わっているようだ。
事情を理解している俺が、友希の代わりに返事をするのは自然な流れだった。
「友希さんは、この後すぐに地元へ戻るから軽めの物が良いとリクエストを受けたんだ。乗り物酔いをするから、その予防だよ」
この店は食品アレルギー、宗教上・思想信条の理由に応えた食事を提供してくれる。当然、別途の手数料と要予約が必須となるけれど、理不尽さは感じない。むしろ、ありがたいし感謝しかない。
「細かい配慮にも応えてくれるのは分かった。だったら、オレのリクエストにも応えて欲しかったね。マグロが食いたかったのにさ~」
「文句を言うな。コレだって旬の魚を使った刺身なんだぞ」
幼児かコイツは。出された物くらい黙って食べろよ。コイツに比べたら、本当に友希は素晴らしく大人の対応を取ってくれていた。というより、無理をさせてしまっていた。
週末は友希が来てくれる。会えるのが嬉しくて、俺は一緒に食べたい料理を作った。残さず、美味しそうに食べてくれる姿は、俺の喜びの一つになっていたから。
でも、ある日。元々、食べるのが遅い友希の食事が、極端に遅くなった。
俺が作ったバターチキンカレーのせいだった。バターチキンカレー特有の香りを立てているのがカスリメティ。マメ科のフェネグリークのドライハーブなのだが、まだ日本ではなじみが低いらしく気軽に買えない。
別の同僚が、俺が料理をする事を覚えていてくれた。おかげで、本場の物を分けてくれたのだ。インドに居た頃、知り合いから作り方を教えてもらった。懐かしさと、友希にも味わって欲しい
俺は、辛い食べ物が好きでも嫌いでもない。けれど、この時に作ったバターチキンカレーが少々辛いと感じたので、念のため友希に尋ねた。この辛さは大丈夫なのかと。
『辛い』
弱々しい言い方と、普段の様子との違い。説明が付かない感情と記憶の錯綜によって、俺は大笑いしてしまった。すぐに謝ったが遅かった。今考えても、本当に悪い事をしたと思っている。
なのに、友希は俺に言ってくれたんだ。
『普段、大笑いしない悠士くんを笑わせたから悪い気分ではないよ。それに、辛くて
笑われて不快になったのではなくて、ポジティブに受け止めてくれた。だが、笑っている場合ではなく、すぐに
『尋問を受けているみたいだ』
当時、友希はそう言った。確かにそうかもしれない。これまで俺が作った料理を、美味しそうに食べていたあの様子が全部演技だったのではないかと恐怖さえ覚えたから。
でも幸か不幸か、バターチキンカレーまでは運良く友希の口に合う料理だったらしい。
正直、驚いた。出された物は、腐敗していなければ食べていたなんて。聞けば、好みも大雑把だった。
『基本は、何でも美味しいよ。食べられるけれど、
クセが強い友希の好みは、『of』と『from』の前置詞で説明が付くと気付いてからは理解が簡単になった。例えば、卵だ。
Fried eggs is made of eggs.(目玉焼きは卵から出来ている)
これは苦手な料理になる。外見も想像も『卵』だから。
Chawanmushi is made from eggs.(茶碗蒸しは卵から出来ている)
言われなければ分からない程に姿を隠すと好物に変化する。今、友希の手元にある料理そのものでもある。
それにしても、日本人にとって常食と言えるラーメン、カレー、卵、牛乳や牛肉も苦手だったとは。全く気付かなかった。
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