不思議な彼女 その四




「魚の生食、大丈夫なんですか?」


 友希ゆうきがジェフに質問をした所で、俺は現実に引き戻された。


「お? おう。オレもメアリーも、魚の生食は平気だよ? 卵かけご飯も食える。そうそう、アレも先生のアイディアなんだろ? 塩気がある海草と組み合わせた卵かけご飯。コイツに教えてもらったんだけど、アレ美味いよ」


「私は、イレギュラーな料理しか作れません。まさか、上司の方々に伝わっていたなんて。恐縮の限りです」


 友希は謙遜というよりも、本来の形を作れない事に対して自虐的で、恥じ入っているように見える。


「そんな事はないよ。友希さんの料理は誰が食べても美味しいって証拠だ。昨日の、玉ねぎドレッシングで作ったご飯を詰めた稲荷寿司いなりずしは物凄く美味しかった」


「え、薬味ヤクミや白ゴマ入り酢飯ではなくて?」


 料理が得意なメアリーは、和食を作る事が可能だ。知識を引き連れて、反応良く尋ねてくる。


「元々、ドレッシングには酢が入っているだろう? それに、友希さんが俺だけのために作ってくれた料理だ。何の不都合もない」


 友希を否定するように聞こえたから、つい言葉がキツくなる。妙な雰囲気を覚悟した俺に耳に届いたのは、見なくても想像できる表情を浮かべているジェフの一言だった。


「ユゥキ、ねぇ?」


 友希の名前を出しながら、ジェフの声は明らかに俺の方へと向けられている。一体、何だというんだ? 


 見れば、案の上の含みがある憎たらしい顔だった。それはまるで、獲物をもてあそぶ猫のよう。も、そうだったな。ネズミや虫なんかで遊んでいた。しかも、誇らしげに見せに来て、俺がいつも片付けていたっけ。


 つい、を思い出してしまう。


「先生、先生。先月だったっけ。コイツに、ラムネを持たせた日の事を覚えているかい?」


「はい。朝早く休日出勤した日ですね」


「そうそう、その日。先方に、ラムネを容器ごと譲ったんだけどさ。その時コイツ誰からもらったと言ったと思う?」


 ジェフの会話の意図が、やっと分かった。分かったからには、不自然だろうと全力で俺はさえぎった。


「友希さん、どう? ここの茶碗蒸し。口に合うかな」


「え? ええ、もちろん美味しいよ。お出汁だしも繊細で、お願いした通りエビの本体を抜いてくれたし、具の風味もバランス良く浸透している」


 急に会話の腕を取られて戸惑っているが、友希は微笑みながら的確に答えてくれた。何を食べても美味しいと本人は言うが、やはり友希の味覚は鋭い。水道水を飲めないのが良い証拠だ。


 そんな友希の目と合った。先程は、共通する記憶で笑顔になっていたのに、今は違って見える。


『私は見世物なのかな?』


 俺を見る友希の切れ長の目が、そんな風に言っている気がした。


 もう、我慢できなかった。右手を伸ばし、友希の頭に触れて撫でる。どこか、他人に認めてもらう事を拒否しているような思いを取り除いてあげたいから。同僚達の、好奇こうきの目から守ってあげたいから。


 日本人のわりに少し明るい色をしている友希の髪には、白い物が混じっているが手触りはとても良い。肩口に掛かる長さのその髪は少し硬いがサラサラで、空気を含みフワフワな感じでもある。

 具体的に例えると、そうだな。小さい頃、近所にいた秋田犬みたいだ。でも、この時に会った秋田犬と、今の秋田犬が違うような気がする。彼女も犬猫には詳しいから、後日にでも質問してみようか。


悠士ゆうしくん、この年で幼児みたいに頭を撫でられるのは恥ずかしいから止めて欲しい」


 身体ごと軽く傾けて、俺の手から脱したと思ったら、むくれた。年齢不詳の可愛いらしさに、今度は両手で友希の頭部を挟み、眼鏡には触れないよう髪に指を差し入れて軽く掻き乱してしまった。

 友希の体温と香りが、俺の感覚を侵食する。心地好ここちよい快楽に似た、止められなくなるような刺激に酔いそうになる。


「こらこら、私は犬じゃないってば」


 髪の乱れより、眼鏡の位置を気にする友希が面白くて、もう少し続けたくなった。しかし、それを許してくれない邪魔が入る。


「日本人って、相手の年齢って気にするから、俺も相手の年齢を気にするようになっちゃってさ。コイツより上だって聞いてるけど、そんなに変わらないでしょ。若く見えるけど実際、先生っていくつ?」


「ちょっと、ジェフ。何て事を質問するの」


「五〇過ぎていますよ」


 慌てた様子のメアリーは止めに入るが、友希はあっさり答えてしまった。


WHATなんですって!?」


 うん。日本が大好きでも、母国語になってしまうメアリーの反応はもっともだ。


HOLY F***不適切な表現!?」


 うん。ジェフは本当にバカだな。メアリーの前で『The F-WordFワード』を言うなんて。メアリーが放った、それはそれはキレイなパンチを肩に入れられるのは当然の結果だった。



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