第8話 ちょっとSTARなメイド
俺の方も、コンビニの深夜シフトが控えてるから、泥酔するほどには飲めない。しかしながら、その辺の頃合いが分かってくると、少ない酒量で気持ちよく羽目をはずすことができるんだなぁ、これが。
最初こそ、勝ち気なキャバ嬢のお姉さん達に気後れしちゃったけども、慣れてみると、これが意外や意外。人間、こうやって駄目になっていくんだろうね。佐渡渡さんの成績を上げるために来てるはずなのに、ついつい競争相手に塩を送っちゃたりなんかして。さすがに、一回も佐渡渡さんを指名しなかった日にゃ、帰ってから一言も口を聞いて貰えなかった。そりゃそーか、アハハ。
「ご主人様、ここ数日、楽しそうですね」と佐渡渡さん。
「うん? そうかな?」と俺。
「毎日浮かれ騒ぎ、楽しいですか? 誰のおかげか理解してますか?」
「もちろん、勤勉な住み込みメイド様のおかげですよ」
友よ、タダ酒最高!
「今夜は精算日です。ツケを全額払ってもらわないといけません」
「あいよ、まかせておきな」
「ここにお金を用意しておきました」
「なーに、俺だってね。深夜パートで貯め込んだ財力があるからね。一回や二回くらい、自腹で払えるよ」
「そんな安請け合いして大丈夫ですか?」
「当たり前だのクラッカーってね。まかせときな」
いつものように“まだか”嬢と同伴し、キャバクラ・メイド喫茶ブラームスに来店した。
「それじゃあ、準備してきます」と佐渡渡さん。
一旦別れ、彼女がお店用のコスプレ衣装に着替えて化粧を直すまで、俺は店内で時間を潰すのがいつものお決まりである。
「おかえりなさいませ」
深々とお辞儀するキャバクラ・メイド喫茶ブラームスの面々。
「よぅ、執事の皆さん、元気か?」
「ご指名は? まだか嬢ですか?」と執事頭。
「まぁそうなんだけどさ。彼女まだ準備中だろ?」俺はちょっとばかり誘惑に駆られてしまった。「そういやさ、新人のコが入ったんだって?」
「と、申しますと?」
「まだかチャンもそろそろ飽きちゃったんだよねぇ。今日は別のコと飲みたいな!」
「わかりました、手配させて頂きます。お席でお待ちください」
「おかえりなさいませ、旦那様。みちる、と申します。本日はよろしくお願いします」
「よぉ! あんたが新人さん?」
「はい、旦那様がはじめてのお客様です」
「そうかい、そうかい! まぁ、座って座って」
「そんなわけでね! ソルティドッグを頼んだら、甘いんだよ。なんで、これ甘いのって聞いたら、塩と砂糖を間違えたんだって。まかり間違っても覚醒剤じゃなくて、良かったよね! いやだってさ、カウンターの裏側に、なにやら怪しい、ガムテープでぐるぐる巻きのが見えちゃったんだよ。何あれ? ってきいたら、コワイお兄さんが出てきてさ!」
執事がやってきて、みちる嬢に耳打ちした。
「ご主人様、すみません」
「あ、そうかい。今日はありがとね。また一緒に飲もうよ!」
「はい」と礼儀正しくお辞儀して立ち上がると、みちる嬢は、他のお客さんのもとへと去って行った。
「お客様、延長はどうなさいますか?」と執事。
「いつも通りね。そろそろ、まだか嬢、呼んでもらおうかな」
「生憎と、本指名されてるお客様がおりまして」
「どうしてだよ。俺はまだかチャンと同伴してきたんだよ? あんたも見たよね?」
「まだか嬢も本指名のご主人様を優先されるとおっしゃいまして」
「えっ! な、なんだよ、そ、そうなのかよ。そんなのあるのか……」
「申し訳ございません」
「どこ、そいつ。顔覚えて、道であったら酷い目に遭わせてやるから」
「VIPルームにいらっしゃいます」
「VIP?!」
「では、どうなさいますか?」
「もう、気分悪いなァ。誰でもいいよ、もう」
「それではお待ちください」
(ムスッ)
「ご主人様、そろそろお時間でございます」と執事頭。
「なんだよ、いいところなのに」
「本日は精算日となっておりますので」
「わかってるよわかってるよ、ツケのことでしょ」
「はい」
「請求書見せてくれる?」
「こ、これ、間違いない? ゼロが一個多くないかなァ」
「間違いございません」
「あ、いけねーや、財布忘れてきた。今度必ず持ってくるからさ、もう一回だけ、ツケで」
「ご主人様、本日は精算日となっておりますので」
「ちょっと、さど……まだか嬢、呼んでくれる?」
「まだか嬢は本指名のご主人様とアフターに出られました」
「えっ」
「どうかなさいましたか?」
「いや、あの……ちょっと、そうだ。店長さんにね、特別なお話があるから、呼んでくれるかい」
「かしこまりました。それでは奥の部屋にてお願いします」
「えっ、お、奥に行くのかい? どうしても? ここじゃ、駄目かなァ」
「失礼いたします」と執事が二人、加勢に来る。
「歩けるよ、自分で歩けるから」
「あはははは」と佐渡渡さん。
翌朝、朝食の席である。俺はあの後、コンビニ深夜パートの勤務を終えて早朝に帰宅。既に戻っていた佐渡渡さんは、早い朝飯を作ってくれていて、こうして二人で食べている。
「怖かったよ、そりゃ。小指取られちゃうかと思ったもん」
「いい気味ですね、ご主人様」
「証文、書かされたけどさ」
「だから、お金を用意しておいたのに」
「ちぇっ、大丈夫だと思ったんだよ」
「あはは。おかげ様で、私の評価がグンとアップしましたよ。本指名してくれるお客さんも付きましたし。ご主人様に先行投資した甲斐がありました」
「そうかい? それなら良かったけどさ。で、あのVIP野郎? どんなヤツだい?」
「気になるんですか?」
「違うわい! 金持ち成金野郎がしゃくに障るだけさ!」
「IT関係の社長さんです。また逢おうねって言ってくれました」
「なんだか焼けるなァ」
「嫉妬ですか? ご主人様に嫉妬して貰えるなら、もっと逢っちゃおうかな」
「おいおい、なんだよ、それは」
「うふふふふ。とにかく、もう大丈夫です。これからはお店に来ないでください」
「えっ」
寝耳に水とはこのことだ。タダ酒がおじゃんになってしまった。
「もう、当初の目的は果たせました。ご主人様もこれ以上の無駄遣いはやめておいた方が」
佐渡渡さんとお店に行かなくなったら、一日が過ぎるのが遅い。ニワトリの格好をした時計の中でチクタク言っていたはずのヒヨコの秒針まで怠けるようになった。ちっとも動いてやがらない。あ、電池切れか!
アルコールが一滴も入ってないから、健康そのもの。
佐渡渡さんは、俺と一緒の早い朝食を終えると大学に登校してしまう。いつもなら、夕方には帰っていたのに。あのVIP野郎と待ち合わせた後で同伴出勤でもしているのだろうか、全く姿を見せやしない。
もしや帰ってくるのではないかと、仮眠もせずにニワトリ時計とにらめっこ。あっという間に、21時40分。コンビニに出勤しなくてはいけない時間だ。ヒヨコの秒針め、急に元気になりやがって。
今頃、VIPルームで、いけ好かないIT社長とベタベタしながら、よろしくやっているんだろう、佐渡渡さんは。むしゃくしゃする! 時計を掴んで高く持ち上げ、こんちくしょう、とばかりに床へ叩きつけてやろう……と思ったが、止めた。このニワトリ時計は佐渡渡さんの私物だったからだ。
もう早朝だけである。佐渡渡さんとの
どうしたことだろう!!
佐渡渡さんの姿はない。いつもなら湯気を立てて俺を待っていてくれる、あのふっくらやわらか、おいしいご飯の姿もない。台所はもぬけの殻だ。誰かが先に帰っていたような気配すらない。
何かあったのではないか。スマホを取り出した。未開封メッセージがある……
『今朝は帰れないので、朝ごはんを買って食べてください』
友よ、佐渡渡さんの
住み込みメイドの佐渡渡さん(21)は最凶のおしかけ女房 にーしか @Sadoka
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