第5話 ちょっとStrategistなメイド

 佐渡渡さどわたりまどかは、お嬢様学校として定評のある女子大で講義を受けていた。すぐ隣の席に、親友の越中こしなかもほこが座っている。まどかの机には資料が二冊、ノートが一冊。学生の中にはノートパソコンを駆使して効率的に勉強している者も多くいたが、風呂敷包みの荷物だけで居候いそうろうをし始めたまどかのり所は、あくまでアナログな大学ノートである。数分前までは丸っこい文字で丁寧に板書までしていたのだが、まどかの心はいつものようにそぞろ歩きをしはじめた。


(あぁご主人様、今、何してるだろう? 見ちゃおうかな)

 おもむろにスマートフォンを取り出すと、見守りアプリを起動する。

(自家発電している場面だったらどうしよう。きゃあきゃあ)

 画面には、片肘をついた中年男性が床にだらしなく伸びている様子が映っていた。

(また寝てる? そんな格好だと肘が痛くなるでしょう?)

(やっぱりカメラがあると安心! こっそり設置するのは心が痛んだけど、ご主人様が自殺願望を隠していること、私は初対面で見抜いたもの。一人っきりにさせておくのは危険だから)


「キミみたいなメイドなら、俺、いやボクぁ、一生、ご主人様やっていたいなァ」

 これは、佐渡渡まどかが勤めている、メイドのコスプレをしたホステスが接客を行うキャバクラで、まどかが後にご主人様と慕うことになる中年男性から初めて言われた言葉である。一方、中年男性の方は、リップサービスと割り切って、若いホステスにはいつでもこんな言葉を投げかけていたのだったが、まどかはもちろん、そんなことは露ほども知らない。


(ご主人様ったら、うふふふ。まどかは離れていても、いついかなる時でも、ご主人様の忠実なメイドですよ)

 隣にいる越中もほこは、まどかが頬に手を当てて赤らめながら頭を右左に振る様子をみて「お~い、いい加減にして戻ってこいよ~」とつぶやいた。


(ご主人様ったら、毎晩夜這いをしてくるんだもの。そんなに私に夢中だなんて。でも、私はまだ、どうしても勇気が出せないでいる。あともう少し、我慢していれば、ご主人様がファーストキスを奪ってくれたはずなのに! 昨晩もまどかスペシャルをかけちゃってゴメンナサイ。でもあの歳の男性で性欲が旺盛なのはいいことダ!

 物の本によると、はやい人ではもう更年期にさしかかるという。男性ホルモンが減ることが更年期の症状にも関係あるから、時々刺激してあげて、性欲が維持されるようにしてあげないと。“うつ”も発症することがあるからだ。だから、「私でオナニー」解禁宣言は上手く働くはず。

 私、部屋中くまなく探してみたのだけれど、ご主人様はエロ本もエロDVDも、なんにも隠していなかった。よっぽど、女性に裏切られたこと、つまり、離婚がトラウマになっているのに違いない。お店でも、涙を流して私に訴えてくるくらいだった。女性不信に近い状態にある。だから、私が優しく接してあげて、ご主人様の心の傷が少しでも癒えるようにしてあげるんだ!)

 件の中年男性“ご主人様”は、幾分、泣き上戸だということをまどかは知らない。


(ご主人様の性的な嗜好ってなんだろう? お尻に興味があるみたいだし、下着のことばっかり言ってた。さすがに、「クンニしてくれたら、見せてあげる」は、まずかった。ドン引きされた。

 あの人の生まれ年をウィキペディアで調べると、N井豪原作のアニメとかスカートめくりが流行った子供時代を経ている。ネットの考察によれば、あの世代は、ゆがんだ性癖が植え付けられた上に、成人してからはブルセラショップの洗礼を受けているという内容だった。

 昭和っぽくアタックするなら、なんだろう?

 検索してみたら、出てきたのは……ブルマー!?

 どうしよう? アマゾネでああいう商品を注文するの、ちょっと恥ずかしい。オススメにオトナのオモチャが出てくるようになっちゃう。でも、ご主人様の為だから、思い切って!)

 まどかのスマホにはECサイトの大手が映っている。

(あぁ、とうとうポチってしちゃった! どうしよう。私宛だけれど、ご主人様が荷物を受け取ったりして……)


「まどか、変な荷物が届いたけど、大丈夫か」

「何のことですか、ご主人様?」

「心配だから、開封してしまったんだよ。ブルーマーってどういうことなんだい? まさか、変な客に変態プレイを強要されてるんじゃないだろうね」

「じ、じつはそうなんです」

「そいつはいけないな、俺にまかせておけ。その客に目にもの見せてやる」

「は、はい」

(さすが、ご主人様。私のことを一番大切に思ってくれている……)


「お~い、サドカ、講義終わったぞぉ~、現実にもどってこ~い」と、越中もほこ。

「あ、もっちゃん?」キョロキョロするまどか。

「あのダンディな叔父様と、どこへ出かけてたの?」

 佐渡渡まどかは、ご主人様のことを親友には叔父だと紹介しているのである。


 まどかによる断片的な情報をつなげた越中はいつものハスキーボイスで言った。

「叔父様と同棲しているわけだ」

「どうして知ってるの!」ドリンクバーでコーラを注いでいたまどか。

「あんたが言ったんでしょ、ほら溢れてる」

 F女の女学生が多くいるファミレスで、二人は午後のお茶をしているところである。


「変な噂が立たないように気をつけなよ」

「ねぇ、もっちゃんなら、好きな男性の趣味が分かってたら、どうする?」

「その趣味を逆手にとって、有利にコトを進める、って言って欲しいの?」

「そうそう、それ! 別にズルいことじゃないよね?」

「利用できるなら、利用するだろうけど。趣味ってどんなこと?」

「うーん、ちょっと変態さん?」

「サドカの適応能力って裏目に出ると恐ろしいからなぁ。平気?」

「まかせて!」

 右手でグーを作って振り上げたまどかだったが、勢い余ってコーラのグラスを倒してしまう。

(あわわわ)

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