第4話 ちょっとSadistなメイド

 期せずに下ネタとなった夕げはまだ続いていた。俺も引くに引けず、佐渡渡さどわたりさんの性的防衛本能がどの程度のものであるのか、見極めなくてはならない。

 耐性については、なんとなく分かってきた。キャバ嬢という仕事柄、ソーシャルスキルにも長けていて、男性からちょっかいを出されても御し方に精通しているようだ。

 ならば、もっと突っ込んだ実験をしてみよう。


「佐渡渡さん」

「はい?」

「もし、俺がだね――」すこし意地悪そうに彼女の顔色を伺いながら続けてみる。「佐渡渡さんの下着を見たいって言ったらどうするね?」

 彼女の眉がピクリと反応したのが分かった。顔面を硬直させながらも、佐渡渡さんの頭脳は、わずか数ミリ秒の瞬間に、セクハラ攻撃に対処するもっとも適した一言を検索しているはずである。

「それはどういう意味ですか? 脱いだ下着でいいのですか?」

「それじゃ、下着泥だよ。もちろん、履いた状態に決まってる」

「ただ見たいのですか、それとも、私の肉体が欲しい、という意味ですか?」

 友よ、想定外の反応が返ってきた。面倒な方向へ転ばなければよいが。

「前者かなァ、とりあえず」

「さいですか」

 佐渡渡さんは、路上にぶちまけられた嘔吐物を見ているかのように目を細めた。

「私の下着でいいのでしたら、見せてさしあげてもかまいません。ですが――」

(ほほぅ!)

「やっぱり、あんたはクズね」と腐れ妻の声。

「条件があります」

(ゴクリ)

「ご主人様が、クンニしてくれるのなら、見せてあげます」


 どうしたことだろう!

 友よ。この娘は、何を言い出すか未だによく分からない。

 エゴの勝負を仕掛けているのだろうか。男性と女性の立場を入れ替えてみると分かったような気がするやもしれぬ。


 女子「おちんちん見せてよ!(ニヤニヤ)」

 男子「フェラしてくれるなら見せてあげる(ニヤニヤ)」


 なかなかやり手に思えるが、このアプローチは大胆すぎるのではなかろうか。もし俺が、してあげる、と、仮にも言ったらどうする気なのだろう。

 こいつは壮大なチキンレースに違いない。肉体の距離を大幅に詰める代わりに、一気に失うものが大きい。一旦走り出したら、後戻りは利かないだろう。セフレ契約みたいなものである。二人して、満足に履行すらできない条項にチャレンジするのは愚の骨頂だ。


「そうか。ならいいんだ。変なこと訊いて悪かったね」

「ご主人様――」

 案の定。このままでは終わらなかった。

「ご主人様は、私にクンニなどしてやるものか、と言われるのですか」

 ほうら、面倒な方向へ転んできた。

「違うよ」

「では、なんでしょうか」

 俺は折れることにした。

「佐渡渡さんはお店で男性客の扱いに長けているはずだから、ちょっと実験してみただけなんだ。変な気を回させて、申し訳なかったね」

「そうですか」

 彼女の声のトーンが下がっていた。


 ばつの悪くなってしまった夕食を終える頃には、外はすっかり暗くなっていて、窓からは一日の戦いを終えた企業戦士がぞろぞろ帰宅してくる靴音、壁越しのバラエティー番組からは一斉に漏れてくる歓声が聞こえ始めた。

 ことさら悪いことに、今日は二人とも仕事のない曜日であった。


 神経戦の応酬から興奮冷めやらぬまま、彼女は床に敷いた布団で、俺は自分の加齢臭が染みついたシングルベッドで、それぞれ第二夜を迎えようとしている。

 またもや、さっきの会話が頭をよぎった。あのとき、してあげる、と言ったら、どういう展開になったのであろう。もっと言うなら、見たいだけではなくて、佐渡渡さんの肉体が欲しいと言っていたら、どうなったろうか。

 さらには、ちょっと残念そうに会話を終えた彼女の表情が思い起こされる。あるいは、気のせいか? 自分に都合よく解釈してしまっているだけか?


 ZZZ……

 ほんの五十センチ先で寝ている彼女の寝息が聞こえてくる。

 友よ、驚かないでくれ。ここでクンニしちゃったら、どうなるかな?

 普通に考えれば、足技で、またもや羽交い締めにあうのがオチだ。では、足技が使えないような角度からなら、どうだろう?


「ご主人様は度胸なさそうれすから、触ったりできないれすよね(ケタケタケタ)」

 酔ったときの佐渡渡さんの台詞が脳裏で蘇った。


 なんだか、少しずつ腹も立ってきた。むしろ挑発されているのではなかろうか。またもや、中年の度胸と性的能力を証明するよう求めているのか。

 よし、ご希望とあらば。触ってやろう。クンニこそしないものの、触ってやろう。見ていろ、佐渡渡さん。


「ご主人様、止めてください、わたし、本当は怖いんです!」

 こう言わせてやる。小娘の分際でオトナを手玉に取ろうとしたら、どうなるか、教えてやるのだ。


 まず、枕元の充電器からスマホを取り上げて、懐中電灯代わりにする。

 ギシッ

 ベッドがきしむが、そうっと静かに立ち上がり、音を立てずに……抜き足、差し足、忍び足。


 よし。佐渡渡さんの右側に回り込んだ。彼女は横向きに胎児のように体を丸めて、顔の向きは反対側だ。

 寝息を確認。・・・大丈夫だ。変化なし。

 さて、どこを触ろう? 足技の危険性を回避して下半身を触るとなれば、お尻しかない。お尻を軽くなでるくらいなら、許容範囲内ではないか?

 第一段階で反応を調べるのだ。もっと欲しているような素振りがうかがえたら、さらにエスカレートして、第二段階へ。寝間着を脱がしたり、下着をずらしたりすればいい。第三段階までいく度胸があるのなら、お望みのクンニだ。


 掛け布団をめくってみる。スマホの画面の明かりで浮かぶのは、寝間着のズボンだ。垂れ下がっている上着の裾を邪魔にならないようにめくり上げて、ズボンを履いたままのお尻をあらわにさせればいい。

 友よ、こんなに興奮してきたのは久方ぶりだ。

 背徳感に打ち震え、高揚感がたぎる。

 俺は今、いたいけな住み込みメイドのお尻を触ろうとしている!


 佐渡渡さんのお尻は、その姿勢のせいでズボンの布地にぴったり張り付いて、ラインが浮き出ていた。丸くて弾力のありそうなヒップライン。下着の縫い合わせが浮き上がって見える。いつも清潔なボディからは、かすかにいい匂いがするようだ。

 こんなに助平根性丸出しの俺を受け入れることができるかい、佐渡渡さん?


(ハァハァハァ)

 いつの間にか、自分でも制御できないほど鼻息が荒い。よし、触っちゃおう。

 もし、俺が男子高校生の童貞であったなら。臆病風が吹いてここで止めてしまうに違いない。しかれども、俺は女体を熟知しているオトナである。ここまで来ておいて、やめる道理はない。

 右手でやさしく包むようにそうっとタッチを――


 ゴロン

 佐渡渡さんは寝返りを打った。

 柔らかそうなお尻は向こう側に行ってしまい、鈍器のような膝頭が二つ、スイングをともなって現れ、身を引くのがあと一瞬遅かったなら、あやうくぶつかるところだ。同じ轍は踏まぬ。


 困ったぞ。この体勢ではタッチできるところがない。胸は縮めた腕で堅くガードされている。お尻は向こう側。両の膝がにらみを利かしている。

 肩や二の腕にタッチしたとしてもつまらない。

 作戦変更を余儀なくされた。


 ターゲットは顔にしよう。いきなりクチビルを奪うのは可哀想だから、おでこにキスなんてどうだろう? オトナびていてイカすじゃないか。

 スマホの明かりをかざすと、佐渡渡さんはもちろん目をつぶっていて、寝息も規則的である。バレているとは思えない。もし、バレていても、お姫様級の扱いに微笑んでくれるんじゃなかろうか。

 俺は両手を床に着きながらゆっくりと肘を曲げてかがみ込み、自分のクチビルを尖らせながら、住み込みメイドの額に近づけた。

 カパッ

 佐渡渡さんの両腕が俺の首に絡められた。

 クルッ

 かと思うと、一瞬でおなかと背中が入れ替わった。

 ギリギリギリ

 俺は佐渡渡さんに背中を向けた格好で首を羽交い締めにされている?!

 どうしたことだろう!!

 腕こそ、凶器であったのだ!

 ギュウギュウギュウ

 あの絶妙な圧迫が再び俺の頸動脈を襲ってくる。


「ギブギブギブ」彼女の腕をペチペチと叩いてみても、まるで真意は伝わらない。

 寝返りの時点で気が付くべきだったのだ。彼女はとうに覚醒していて、獲物が罠にかかる瞬間を今か今かと待ち受けていたということに。


 戦闘機乗りが重いGに耐えるのって、きっとこんな感じなんだろうな。

 すごい、ブラックアウトをもう二回も体験しちゃった。


「さどわ……さん、ちょ、ま、なさ、い」

 俺は再び忘却の底へと落ちた。


 チュンチュンチュン

 もう朝である。

 俺が目を覚ましたことに気が付いた佐渡渡さんは、顔を俺の鼻先につきだしながら、開口一番。

「ご主人様、ベッドから落ちたら危ないですよ(ニコッ)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る