僕と幼馴染の愛の約束

かえるの歌🐸

気持ちを伝えるのには……遅すぎた


僕は珍しく黒いスーツを着る。

高校からすぐに就職して、工業系の仕事に行ったので普段僕はスーツは着ない。なので……友達の結婚式ぐらいにしかこのスーツを着ることは無かった。

だけど……就職祝いとして親から買って貰った大切な物で大事にしまっていたので、案外綺麗だ。


「ふぅ……」


僕は重いため息を吐く。なぜなら、緊張で頭がいっぱいだったからだ。

今日は僕の幼馴染の誕生日。そしてその幼馴染との約束の日。


予め用意していた小さなケースをスーツのポケットに入れ、車に乗り込む。車と言っても……スポーツカーなど勝者が乗る車などではなく、ただの中古の軽自動車だ。


数分……車を運転し、花屋さんに立ち寄る。

幼馴染の彼女に渡す花束を買うのだ。


普段はこんな事はしないのだが……今日だけは特別だ。それに花束があった方が……彼女も絶対に喜んでくれるだろう。


僕が買った花は“桔梗キキョウ

濃い青紫色の花を咲かせるこの美しい花は、彼女が昔から一番好きな花だ。

そして、花言葉が『永遠の愛』

……彼女に渡すには1番適した花だと言える。


桔梗の花束を崩さないように助手席へ置き、僕は幼馴染の待つ場所へ車を走らせた。


──桜が咲き誇る。今は4月の中旬。

あれから約10年も時が経つ……僕はすっかり大人で年が過ぎるのは早いと実感させられる。

今年は、僕……そして幼馴染の彼女がようやく大人20歳になった年。


幼馴染の彼女と会うのは……約1年半ぶり。僕の仕事が忙しくて全然会えていなかったのだ。


彼女の前まで歩き……


「──っ、久しぶりだね」


そう彼女に声を掛ける。明るく、そして笑顔で。

決して彼女を心配させないように……


その瞬間……彼女との思い出が、まるで滝のように溢れる。


☆☆☆


幼馴染との最初の出会いは、小学1年生の時。

彼女が僕の家の隣に引っ越して来た時から始まった。


初めて会った少女を見て、僕は別に何も思わなかった。


その頃の僕は近所のガキ大将的なポジションで、とにかくバカみたいに外で遊ぶのが楽しくて、隣に引っ越してきた少女なんて、微塵も気にならなかった。


そんな幼馴染との転機は……僕が小学2年生の夏の頃。


いつも多くの友達と帰る僕と、いつも一人ぼっちで家に帰る彼女。


そんな情けない姿を見て、その頃の僕は彼女を放っておけなかったのだろう。


「なんで、お前。いつも1人なんだ?」


気付いた時には声を掛けていた。


「え……なんでって……私何をやってもダメダメだから」


確かに……彼女をいつ見ても失敗ばかり。テストの点数は僕より悪いし、性格も暗い、運動も出来ないし、給食の好き嫌いも多い。

まぁ……いい所を言えと言われたら“花が好き”ぐらいしか僕は思い付かなかった。


「はぁ、全く。しょうが無いな。だったら、仲間に入れてやるよ!」

「な、仲間……?」

「そうだよ!鬼ごっことかサッカーとか、キックベースとか虫取りとかしかしないけど、それでもいいなら入れてやる。どうだ?」

「──うん。仲間に入れて。」


彼女は即答だった。


それからは……男のバカな遊びに彼女も参加し楽しく毎日遊んだ。彼女は意外にセンスがあって初めは女の子だからと手加減をしていたけど、2年生が終わる頃には僕達男と対等に遊べる程に成長していた。


初めは暗かった彼女の性格も徐々に改善され明るくなり、彼女自身の女の友達も増えていった。


そして、僕と彼女の関係が“幼馴染”にへと変化した。


──数年が経過し、僕と彼女は小学5年生になった。彼女はすっかり明るく、美人になり、友達も僕なんかより増え、運動神経も勉強も努力し、今では学校の人気者というポジションだ。


逆に僕は思春期に入った事で友達も減り、運動神経も微妙で勉強も微妙という何ともつまらない奴に成り下がっていた。ガキ大将的なポジションはいつの間にか無くなっていた。


でも幼馴染の彼女と僕はまだまだ仲が良く、親も仲がいい事もあり、ほぼほぼ毎日顔を合わせていた。


一緒にプールに行ったり、お祭りに行ったり、雪合戦をしたり、花を一緒に見たり、キャンプをしたり……


色々な事を幼馴染と一緒にやり、あの時はすごく楽しい日々だった。僕の一生忘れられない思い出だ。


この頃からか……彼女を放って置けないという気持ちが実は“初恋”なのでは無いかと気付いたのは……

そして、1度でもそれを自分の中で認めてしまうと……彼女がそういう相手にしか見えなくなった。


でも、絶賛思春期到来中の僕は年齢が上がるにつれ、ヘタレになってしまい。この気持ちを幼馴染の前では絶対表向きにはしなかった。

告白……?とんでもない。そんな事をして、もし失敗でもしたら……今までの関係に少なからずの綻びが出来てしまう。


僕は幼馴染との関係が壊れてしまわないかとビビり告白しようとなんて1度も思わなかった。


そんな初恋に悩む5年生の帰り道。いつも通り、幼馴染と2人で帰っていると……


突然、とても良い作戦を思いついた。


それは、彼女の好きな飲み物のコーラとサイダーを2つ買っておき、彼女にそのどちらかを選ばせる。

彼女がコーラを選んだら幼馴染に即告白する。

もし、サイダーを選んだら告白は後にする。


最高に情けない決め方だと思うのは自分でも重々承知している。だけど、そうしないと気持ちの踏ん切りが着かなかったのだ。


僕がそれだけ“告白”という2文字に迫られていたのにはちゃんとした理由がある。

それは……幼馴染が別の男に告白されているのを見かけてしまったのだ。それを見て負けられないと思ったのだ。


早速僕は作戦を実行に移した。


コーラとサイダーを前の日に買っておき、さりげなく彼女にコーラとサイダーを選ばせる状況を作り出す。


「うーん、私はコッチかな!」


……彼女は迷いなくコーラを選んだ。

それを見て僕のすべき事が決まった。


よし……告白するぞ!

ようやく踏ん切りがついた!すぐに、彼女に告白しようと口を開こうとした……だが、その口は何故か動かない。


「……!?」


ッ……どうしてなんだよ!?──そして……分かった。自分の中のヘタレが発動してしまったと……

本当に自分が情けないと思った。クズだと思った。


その感情を無理やり抑え自分の気持ちを全てぶつける。その覚悟で彼女の名前を呼び、いざ告白をしようと幼馴染の顔を見ると……やはり口が開かない。頭が真っ白になる。顔が熱くなり、胸が爆発しそうなほど心臓が稼働する。


……僕は結局その日、彼女に告白する事がどうしても出来なかった。


あの時、告白しなかった事に僕は今後一生後悔する事になる。


──そこから数日後。今日は僕の10歳の誕生日の日。

僕や幼馴染の誕生日の時は、毎回どちらかの家に集まりパーティーをする事になっていて、今回も僕の家でパーティーは開催され、僕の家に幼馴染と幼馴染の親が遊びに来ていた。


僕は自分の中の告白失敗のせいで、幼馴染の顔がまともに見れなかった。


パーティーは親が頑張った事で、想像以上に大盛り上がり。終盤は親達は疲れきり酒が入った事もあって、寝てしまった。

久しぶりに幼馴染と僕は2人きりになる。別にそこまで珍しい事でもない。いつもの事だ。だけど……最近は自分が情けなくて幼馴染の事を意図的に避けていたので2人きりだと心臓が高鳴る。


「ねぇねぇ、」


幼馴染が話し掛けてくる。だけど、幼馴染は妙に顔を赤くしている様子だった。


「私ね、君の事がずっと昔から好きだったんだ……」

「……えっ!?」


突然の告白に僕は戸惑った。なんせ、好意を持っている幼馴染の方から僕が告白されてしまったのだから。


「それ……マジ?嘘とかじゃなくて?」

「大マジだよ。一人ぼっちの私に唯一手を差し伸べてくれた時から、ずっとずぅーっと好きだったんだよ。」


彼女の言葉を聞き、僕は嬉しさで心が満たされる。

そして、


「実は……僕も。」


短い言葉で、彼女の告白を受けた。でも、少しだけ心の中では情けないと思った。

やはり……自分で告白しておけば良かった。


「あはは…………やっぱり。だと思ってた。」


幼馴染は笑う。その笑顔がとても可愛くて……妙に僕の記憶の深く焼き付けられた。


「ねぇ、約束しようよ。」

「約束?」

「うん。2人が20歳の大人になったら結婚しようって!」

「え……えぇ!?」


20歳の大人って……まだまだだぞ。それに……結婚って。随分と未来を見る幼馴染に僕は感心する。僕なんて、過去にばっかり囚われてるのに。


「なぁ、僕は10歳でお前はまだ9歳だろ?まだ10年位はあるんだぞ?」

「いいじゃん、ロマンチックで」


そう言えば、幼馴染はこういうロマンチックな事が好きだったっけ……


「まぁ、いいけどさぁ」

「約束だよ。絶対に忘れないでね。私は絶対に絶対に忘れないから……」

「うん。僕も絶対に忘れないよ。多分ね」


幼馴染はノリノリで小指を僕の前に突き出す。何をしたいのかすぐにわかった僕は苦笑いで自分の小指を幼馴染の小指と結ぶ付ける。


「「指切りげんまん~~嘘ついたら針千本の飲~~ます。指切った!」」


2人で声を揃えて宣言し、約束したのだった。


「ふふ、10年後が楽しみだね!」

「まぁ、そうだね。一体、僕達はどうなってることやら?全く想像出来ないや……」


……本当に僕達はどうなっているんだろう?変わらずラブラブなのかな?それとも仲が悪くなってるのかな?高校とか大学とかは同じ所に行くのかな?

子供とかは……流石にいないよな?


そう考えただけで今まで深く考えていなかった未来に楽しみが出来る。

僕は幼馴染とこれからもずっと一緒に……生きて行きたい。たとえどんな試練や困難が迫ったとしても彼女と一緒ならば……乗り越えられる。……そんな気がした。


──でも……幼馴染の元気な顔が見られるのがこれで最後だなんて、幸福感で包まれていた僕には知る由もなかった。


☆☆☆


3月11日の昼の2時半頃……

それはいきなり僕達……いや日本に襲いかかった。


大きな地震。そして巨大な津波……


僕達家族は、祖父母の家に丁度帰省していた事もあり何とか無事だったが……幼馴染の家に連絡がつかない。恐らく無事であろうが、とにかく心配だった。


僕達家族は急いで、安心を得るために家に戻った。

そして、絶望する。


僕の家はほぼ半壊。だが……隣の幼馴染の家は……地震のせいで崩壊し、津波のせいでそれが流され跡形も無くなっていた。


幼馴染との思い出の場所がこんなにも呆気なく消滅してしまった。


いや、大丈夫だ。きっと、幼馴染達はすぐに避難して生きてるハズだ。思い出の場所は無くなってしまったけれど……幼馴染の彼女さえ生きていれば……僕は……


そう思わないとやって行けなかった。そうじゃないと狂ってしまいそうだった。


でも、僕の願いも叶わず……地震と津波が発生してから2週間後。──幼馴染と幼馴染の家族の遺体が発見された。


「あぁ、あぁぁぁぁァァァァ!?!?!?!」


僕は泣きながら叫んだ。どうしようもない怒りと寂しさと悲しみが僕の心をキツくキツく縛り上げた。


日本を……いや、僕を人生最大の絶望に叩き落としたのが、『東日本大震災』という狂った天災だった。


☆☆☆


幼馴染が亡くなってから早10年。東日本大震災も、今年で10年目だ。


幼馴染と遊んだ場所や物はもう何も残ってない。

でも、彼女との思い出はいつまで経っても忘れることは無い。ずっと、ずっと、ずーっと僕の中で残り続けている。


……っぅ。


やはり墓石彼女の前に立つと涙が込み上げてくる。でも、彼女の前では絶対に泣かないと心に決めているので……ぐっと堪える。


僕が泣いたら彼女が……心配してしまうからな。


「そうだ、今日誕生日だな。20歳おめでと。これで、僕ら2人とも20歳だよ」


僕は桔梗の花束を彼女にお供えし、ポケットから小さなケースを取り出す。


「…………約束の日、あれから僕は1度たりとも忘れなかったよ。」


ケースを開けると、小さなダイヤモンド散りばめられた指輪が綺麗に納められていて、太陽の光を反射し光り輝く。

この日の為にと……コツコツと何年もお金を貯めてようやく昨日買えた物だ。


片膝を着き、指輪を彼女に見せる。

そして…………


「僕と結婚して下さい。」


今度こそ……自分の口から彼女に愛の告白をした。昔は1度も言うことが出来なかった心からの言葉…

10年越しにようやく言えた。


いっぱいいっぱい後悔した。何度も何度も泣いた。気持ちを伝えるのには、遅すぎた。

約束も……ただの僕の自己満足にしか過ぎない。

でも、彼女の幼馴染として……いや、“約束をした者”としてのプライドと意地だった。


『──はいっ。喜んで……!』


「…………っ!?」


空耳かもしれない……いや、絶対に空耳なのだ。

でも……確かに幼馴染の返事が聞こえたような気がした。


風が吹き、桜の花と桔梗の花びらが合わせて舞い踊る。その光景が何とも幻想的で……まるで僕のために彼女が操ってるんじゃないのか?なんて思ってしまうほどだった。


「な、なんだよ……僕に……“前に進め”って言ってるのか?」


何となく……そう言われている気がした。


僕は……過去に囚われて、もう抜け出せず未来などずっと見れなかった。だけど……彼女のおかげで……ほんの少しだけ……見よう……という気持ちになった気がする。


「……ありがとう。これからもずっとずっと、大好きだよ……僕のたった一人の大切な人!」


──春の暖かい風が今年も僕を包む。

今年の春は、変なウイルスとかで色々と大変だけど……僕はこうして生きている。彼女の分まで……


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