読者スキル持ちの再出発

八川克也

読者スキル持ちの再出発

 ダンジョンの通路を、最後の一匹になった巨大バッタホッパーが跳び回る。その体が地面に描かれた光る円に入った途端、ぴたりと止まる。アーシャが仕掛けた影縫スティッチだ。

「今よ!」

「任せとけ!」

 アーシャの合図にライガーが剣を薙ぐ。

「ガアアアアアア!」

 横に真っ二つとなり、断末魔を上げて魔物ホッパーは絶命した。

 ふう、と息を吐き、ライガーは剣を鞘にしまう。

「……よし、リフテル、回復を」

「分かりました。アーシャもこちらに」

 リフテルは手をかざし、回復魔法をかける。

 薄緑の優しい光が二人を包むと、険しかった二人の表情も緩んだ。

「こんなものですね。ところでキース、もう出てきても良いでしょう」

「……はい」

 僕はブルブルと短剣を震わせながら、物陰から出た。

「あなたに回復は……必要ありませんね」

 リフテルは肩をすくめる。

「全く、とんだ役立たずだぜ」

「まあ、この探索が終わったらクビよクビ」

 僕は何も言い返せない。実際、このパーティーに入ってから、役に立ったことはほとんどない。雑務を除けばたぶん、片手の指で足りるだろう。

「雑用として雇うのも限界だ」

 ライガーは首を振る。

「ま、このダンジョンは遺物アーティファクトが《本》だって言うじゃねえか。お前のスキル、読者アドミラーが役に立つことを祈りな」

「……うん」

「行きましょう」

 リフテルの言葉で、皆が進み出す。僕はその後を追うように少し後ろを歩き出した。


 僕がこのパーティーに入ったのは完全にたまたまだった。あるゴースト系の魔物に占領された屋敷の解放をするクエストに、ライガーたちのパーティーが挑み、踏破した。しかし屋敷の主がため込んだと思われる本の類を整理する必要があり、その際、読者アドミラースキル持ちを募集していたのだ。それにたまたま僕が応じた。

 読者アドミラースキルは、『本を一瞬で読み、理解する』能力だ。このスキル持ちは多くない。その意味でこのクエストが終わった後も、僕は最底辺のFクラスであるにもかかわらず、Aのライガー、Bのアーシャ、リフテルという上級パーティに加えてもらった。

 しかし残念ながらそうそう都合のいいことはなく、僕のスキルが役に立ったのはほんの数回だった。ダンジョンの小部屋に並べられた本棚、同じく宝箱内の本、報酬でもらった魔導書、あとは——あっただろうか?

 とにかくそんなわけで、パーティーのお荷物と化した僕は今回のクエストを最後にクビになることがほぼ決まっていた。


 ズウウン、と床を震わせ、ダンジョンボスのロックゴーレムが崩れ落ちる。

「大丈夫ですか!」

 リフテルがケガのひどいライガーに駆け寄り、中級の回復魔法をかける。

「アーシャも……」

「はい」

 リフテルは頷き、壁際でもたれ掛かるアーシャにも駆け寄る。回復。

 僕はそれを入り口付近で見ていただけだ。

 ライガーは立ち上がると、こちらを一瞥し、「チッ」と舌打ちする。

「キース、出番だ。遺物アーティファクトを確認しろ」

「うん」

 僕はおっかなびっくり動かなくなったロックゴーレムの脇をすり抜け、祭壇の上にのぼる。ひときわ高くなった場所に、事前情報通りの《本》があった。

「本がある」

「それは情報通りってことね」

「スキルを使う前にどんな本かちょっと見せろ」

 ライガーに言われたとおり、僕は本を持って祭壇を降りる。

 三人が集まる。僕は本を差し出す。遺物アーティファクトにしてはシンプルだ。本革で作られ、四隅に小さな宝石がはめ込まれただけで、タイトルも何も書いていない。

「ふん……」

 ライガーは受け取った本を開く。

「……何も書いてないぞ」

 パラパラとめくり、戸惑いの声を上げる。すべてが真っ白いページだった。覗き込んだ二人も戸惑いの表情で顔を見合わせる。

「魔導書系じゃないってことか……。いいだろう、スキルで確認しろ」

 僕は頷き、本を受け取る。

「《瞬読バッファ》」

 読者アドミラースキルが発動する。しかし何も情報が流れ込んでこない。

「——空だ。何も読めない、何も出てこない」

「何だと?」

 ライガー気色ばむ。

「もう一回だ、試せ」

「《瞬読バッファ》」

 だが、やはり空っぽだ。僕は首を振る。

「くそっ、偽情報か! 遺物アーティファクトじゃねえ!」

 ライガーが腹立たし気に地面をけり上げる。と、その時後ろのロックゴーレムが動く。

「ちょっと、冗談じゃないわよ!」

「魔力もほとんど空です、逃げましょう」

 リフテルの提案に、ライガーもうなずく。

 三人は素早く動き、まだ立ち上がり切っていないロックゴーレムを躱して出口へ戻る。僕は完全に出遅れ、祭壇側、部屋の奥に取り残された。

「待って!」

 僕は呼びかけるが、ライガーはちらりとこちらを見て、抑揚のない声で告げる。

「キース、お前はクビだ。あとは好きにしろ」

 そう言うと、三人とも姿は消えた。ロックゴーレムはただ一人残った僕の方を向き直る。

「そんな……」

 戦いようがない。持っているのは短剣のみで、剣術も魔法も持っていない。僕は《本》を握りしめる。

「《瞬読バッファ》!」

 苦し紛れにスキルを発動しても、同じだ。でもほかに出来ることはなかった。ロックゴーレムが近づいてくる。

「《瞬読バッファ》!」

 その時、四隅の宝石が光り出した。本が僕の手を離れ、空中に浮かぶ。勝手に開かれ、ページがすごい勢いでめくられていく。

 そして最後までいき、ぱたんと本が閉じられた瞬間、僕は自分のスキルがしたことを知った。

 著者オーサー。スキルによって

 この本は間違いなく遺物アーティファクトだった。読者スキル持ちが四回スキルを発動することで活性化し、使用者を新たなステージへ進化させるのだ。

「《著述クレイブ》」

 とにかくこの危機を乗り越える一心でスキルを発動する。「ロックゴーレムは倒れる」

 何かにつまずいたように転ぶゴーレム。違う、そうじゃない。僕は慌ててもう一度発動。

「ロックゴーレムは死ぬ」

 起き上がりかけたロックゴーレムの体から力が抜け、ズン、と床に落ちた。ピクリとも動かない。

「……はは、やったぞ」

 僕は震える声で喜びを口にする。

 手元の《本》を見る。このスキルが本物なら、何でもできるってことだ。とんでもない遺物アーティファクトだ。

 まずは僕を見捨てたあいつらに……と考えたところでちょっと馬鹿らしくなる。

 何でもできるのに、そんな小さいことをするのか?

 まあでも少し脅かして、謝罪させるくらいは良いだろう。

「《著述クレイブ》」スキル発動。「ダンジョンの入り口外に僕は瞬間移動する」

 一瞬で僕は移動した。目の前はぽっかりと入り口が口を開けている。その状況に、僕は改めて遺物アーティファクトの威力を認識する。

 ライガーたちが出てくるまで時間がかかるだろう。

 僕は体を休めるために岩にもたれ掛かり、少しニヤニヤしながらこれからのことに考えを巡らせた。


《了》

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