古都へ

「美味しい料理をお腹いっぱい食べられると思うと、いまからお腹が鳴るよ。ヤこくの食べ物はどれもこれも旨いと評判だからね」


 そう言って巨体を揺らすのは、フクヨカニというふくよかな蟹である。フクヨカニはたいへん食いしん坊な蟹であり、毎日たらふく餌を食べている。そんな生活をしているフクヨカニが、ふくよかにならないはずがない。


「うん。さすがに、僕も今回の旅は楽しみだよ」〝さすがに〟が口癖のサスガニが、フクヨカニに同意した。


「確かに」

と、最後に相槌を打ったのは、〝確かに〟が口癖のタシカニである。タシカニは何にでも同意してくれる聞き上手である。


 タシカニ、サスガニ、フクヨカニは互いに気心の知れた蟹友達である。しばしば一緒に観光旅行に出掛ける仲であり、これまでも三人でさまざまな観光名所に訪れてきた。


 今回、彼らが訪れることにしたのは、ヤ国という有名な蟹の国である。「みやびな古都」としてもっぱら観光名所として評判のヤ国に、いま彼らは向かっているところなのだ。


 ヤ国には、これまでつねづね訪れたいと思ってきた彼らだったが、少々遠方にあるのでこれまで行く機会を作れなかったのである。


 蟹の移動手段はもっぱら足である。どこへ行くにも、横歩きでひたすら歩くしかない。運動嫌いなフクヨカニが、いままでヤ国に行きたがらなかったのも無理はなかった。今回、サスガニとタシカニの強い説得によって、ついにフクヨカニもヤ国までいっちょ歩いてみるかという気になり、ようやく念願のヤ国旅行が実現したのである。


 蟹股がにまたで歩き続けること数日、タシカニ、サスガニ、フクヨカニの一行は歩き疲れてへとへとになっていた。


「さすがに、疲れたね」

と、サスガニが言うと、

「確かに」

と、タシカニが相槌を打ってくれた。タシカニはいつでもどこでも同意してくれる聞き上手である。


「地図によると」フクヨカニが大きなお腹をゆすりながら言った。「もうとっくにヤ国に着いていておかしくないはずだよ。それなのに、どこまで歩いても町らしきものに辿り着かない。どうも変だ」


「確かに」タシカニがまたも相槌を打った。タシカニはのべつ幕なしに同意してくれる聞き上手である。


 タシカニ、サスガニ、フクヨカニが戸惑ってその場に立ちすくんでいると、そこに一匹の蟹が通りがかった。


「君たち、そんなところに突っ立って何をしているのだ」と、その蟹は問うてきた。


「実はヤ国へ行く途中なんだよ。でも、いつまで歩いてもヤ国に辿り着かなくて、どうしたものかと立ち止まっていたところさ」


「ああ、なんてことだ」その蟹は二つの鋏を上下に動かす仕草をし、大袈裟に嘆息の表情を浮かべた。「ヤ国は滅んでしまったのだよ。ヤ国の滅亡のことを知らないとは、君たちはよほど遠いところから来たのだろうね」


「遠いところから来たのは、その通りだよ」サスガニは頷いた。「でも、ヤ国が滅びたとは、さすがに信じがたいな。ついこのあいだ、ヤ国の領土拡張の噂を聞いたばかりだよ。繁栄はあっても滅亡はありえないはずだ」


「確かに」タシカニが相槌を打った。タシカニは四六時中、明けても暮れても、隙あらば相槌を打ってくれる聞き上手である。


「それが、違うのだよ」その蟹は今度は右の鋏を左右に振り、否定の仕草をした。「なるほど、ヤ国は蟹社会のなかでは一番繁栄していた国ではあった。それは本当だ。しかし、驚くなかれ、ヤ国は一夜にして滅びてしまったのだよ」


「ヤ国の名産品を食べるの、楽しみにしていたのに」フクヨカニは悲しそうに言った。


「確かに」


「だけど、ヤ国ほどの大国が、一夜にして滅んでしまったなんて話、さすがに信じられないよ」


「確かに」


「そんなに信じられないというのであれば、話して聞かせようではないか。ヤ国がいかにして滅んだのか、その一部始終を」


「そうしてくれると助かる」


「確かに」


「では、ヤ国の滅亡について、知っていることをすべて話そう」こほん、と咳払いをして、その蟹は語り始めた。「私はヤ国で生まれ、ヤ国で育った蟹だ。名前はマコトシヤカニ。どうだね、名前にとあるだろう。つまり私はヤ族の血を引く者。そんな私が嘘をついてまで『ヤ国が滅亡した』という情報を流すわけがないだろう。だから、私がこれから話すことは、すべて本当に起こったことなのだ」


 マコトシヤカニは、まことしやかにそう前置きし、ヤ国が滅亡するに至った経緯を語り出した。

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