第48話

 虎蜂三匹を追いかけながら、僕は南に進んでいた。

 このまま南に進めば、ノイジーの森を出て、街道に出てしまう。


「人は一人では生きてはいけない。それは分かっている。でも、まだ早過ぎる」


 森を出て、街道を西に進めば少し大きな街がある。

 僕が最初に逃亡した街と同程度の大きな街だと思う。

 生活するには不便はないとは思う。


 でも、それは人間の場合だ。

 僕はダークエルフという特殊なケースだ。

 見つかれば殺されてしまう。

 ようするにバレないように暮らすしかない。

 そして、バレてしまった場合の事も考えて、行動しないといけない。


「あれ? この点滅は……人間じゃないか! ヤバイ!」


 虎蜂三匹の進行ルート上の先に、桃色の点滅を一つ見つけてしまった。

 このまま、虎蜂と遭遇すれば、戦闘になるのは間違いない。

 急いで助けようと走り出した。


「いや、待てよ。こんな場所に人間がなんでいる?」


 けれども、しばらく走るとある事に気づいて、走る足を止めてしまった。

 こんな魔物のいる森の中で、単独で行動する人間がいるだろうか。

 レベル12相当の魔物が生息する森に、一人でいる方がおかしい。


「だとしたら、迷子か、冒険者か……どちらにしても、やっぱり様子を見に行かないと駄目か」


 結局は走らないと分からない。そう結論すると僕は再び走り始めた。

 助けるか、助けないか、それは相手を見るまでは分からない。

 神フォンのマップを拡大しても、点滅する桃色のステータスは見れないのだ。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 森の中を走り続ける。

 出来るだけ最短ルートで進んでいるけど、魔物との戦闘を避ける為に、時々は進む方向を変えないといけない。

 見に行く前にやられる訳にはいかないし、余計なMPは使いたくない。

 そして、最大の理由は、昼飯を食べずに町を出て来てしまった事だ。

 喉の乾きと空腹が、僕のステータスに表示されるHPやMP以外を地味に攻撃している。


「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、流石に疲れた」


 走り始めて、二十分は経過した。

 いくら足場が整備されていない森の中でも、普通に六キロぐらいは走ったはずだ。

 給水ポイントの一つぐらいは設置して欲しい。

 でも、文句を言う時間も休んでいる時間もない。

 神フォンのマップ上では、桃色の点滅を緑色の点滅が取り囲んでいる。

 早く助けに行かないと危ないかもしれない。


「くっ、間に合ってくれよ」


 再び両足にグッグッと力を入れると、僕は走り始めた。

 もしかすると、神フォンから回復アイテムを買わないといけないかもしれない。

 僕の個人的な意地と人の命なら、どちらを優先するべきか考える必要もない。


「ハァ、ハァ、ハァ、見つけた……」


 前方に虎蜂三匹と虎蜂に襲われている赤茶色髪の女剣士を発見した。

 袖なしの黒革ジャケット、同じく黒革のハーフパンツ、胸には鉄製のスポーツブラのような胸当てを装着している。

 真っ直ぐに肩まで伸びる髪は、可愛らしさよりも、女子スポーツ選手のようなカッコ良い印象がある。

 きっと女子校にいれば、同性にモテモテだろうな。


『『『ビイイ!』』』

「何なのよ、コイツら!」


 ブウウウウンと独特の羽音を轟かせながら、虎蜂三匹は剣を振り回して攻撃してくる女剣士を、取り囲んで逃がさないようにしている。

 地面には虎蜂から飛ばされた針が見えるだけでも、五本突き刺さっている。

 でも、この戦いはすぐに終わる。僕の声で——


「止まれ‼︎ 動くな‼︎」

『『『ビイイ‼︎』』』


 僕の声を聞いた瞬間に、虎蜂三匹はすぐに、女剣士に対しての攻撃をピタリと止めた。


「えっ⁉︎ 何なの、コレ? どういう事?」


 女剣士が宙に飛んで待機中の虎蜂三匹をキョロキョロと見ながら、何が起こったのか理解しようとしている。

 とりあえず、女剣士が虎蜂三匹に殺される問題は解決できた。

 次の問題は僕の方を見て、驚いている女剣士をどうするかだ。


「ダークエルフ……これ、あんたがやったの?」

「……」


 女剣士が宙に待機中の虎蜂一匹を指差して、僕に聞いてきた。

「そうだ」と答えるかべきか少し悩んでしまう。

 そう答えてしまうと、理由を聞かれてしまうからだ。

 危なそうだったから止めた……じゃあ、納得してくれないだろうな。


「ふぅ~ん、無視ですか。言葉は話せるけど、言葉は理解できないとか、おかしな事を言いたいのかしら? じゃあ、聞き方を変えるわ。この虫を操って、私を攻撃させていたのは、あんたなの?」

「うっ……」

「どう見ても、虫はあんたの声に反応して、動きを止めた。虫を操って、私を弱らせたかったんじゃないの? 伝説では、ダークエルフは人間の男は殺して、女は犯すらしいじゃない。虫に殺されたくなかったら、私は裸になって、犯されればいいのかしら?」


 女剣士は僕の沈黙を見て、こう解釈したようだ。

 ハッキリ聞き取りやすい、力強い声で僕に聞いてくる。

 確かに虫を操っていたのは僕で間違いない。

 そして、女剣士に対して、そういう事が出来る状況だと思う。

 暴れたり、抵抗すれば、虎蜂三匹に一斉攻撃させると脅す事も出来る。

 でも、そういうつもりで助けた訳じゃない。


「そんなつもりはない」

「ふっふっ。何だ、喋れるじゃない」


 僕が言葉を返した事に対して、女剣士は笑顔を見せてくれた。少し新鮮な体験だ。

 普段の街娘や村娘は悲鳴を上げるだけだけど、森の中で魔物と戦う女性は違うようだ。

 少しはまともに会話できると、思った方がいいかもしれない。


「確かにこの虫は俺が操っていた。でも、人間を襲わせるつもりはないし、あなたに変な事をするつもりもない。虎蜂、こっちに来い」

『『『ビイイ!』』』

「んっ?」


 宙に待機中の虎蜂三匹に、僕の元に来るように呼びかける。すぐに三匹は飛んで来た。

 最初から虎蜂三匹には死んでもらうつもりだったから、結果は同じだ。

 でも、殺す状況が違うと、その後の結果は変わってしまう。

 女剣士の前で虎蜂三匹を殺すという意味は、虫を使って脅して、女剣士に乱暴するつもりはないという意思表示になる。


「悪いけど、死んでもらうよ。ハァッ‼︎」

『『『ビイイ⁉︎』』』

「なっ⁉︎ ちょっと、どういうつもり!」


 ザァン! ザァン! ザァン!

 鞘から剣を抜くと、レベル16までアップしていた虎蜂三匹を容赦なく斬殺した。

 無抵抗な友達を倒すのは、恐ろしく簡単な事だった。

 僕が操っていた虫を殺した事に、女剣士は驚いているようだけど、別に驚くような事じゃない。

 最初から言っているように、人間に虫を襲わせるつもりはまったくない。


「この通り、虫はもう使いものにならない。怖い思いをしたくないなら、早く街に帰るんだね」


 女剣士に背を向けると、僕は北に向かって歩き出した。

 とりあえず、目的は達成した。友達は殺したし、女剣士は助けた。

 神フォンの存在を知られたくないので、虎蜂三匹の死体は回収できないけど、所詮は蜂三匹だ。

 便利なアイテムを持っているという情報を払ってまで、回収する価値はない。

 貴重なアイテムは持っているだけで、命を狙われる理由になる。これ以上の危険は必要ない。


「ちょっと待ちなさいよ! 誰が帰っていいって言ったのよ! あんた、ダークエルフでしょう。このまま殺さずに逃すと思っているの!」


 背後を振り返ると、剣を構えた女剣士が立っていた。

 確かにその通りだ。

 危険な魔物を見つけた場合の対処方法は殺すか、応援を呼んで殺すか、この二つしかない。


「やめておいた方がいい。それに俺は殺すつもりはない」

「そう、だったら嘘じゃないと殺されて証明してちょうだい! ヤァッ‼︎」


 女剣士が素早く接近して来ると、殺意の篭った剣を右上から左下に向かって、勢いよく振り下ろしてきた。


「くっ! やめろ!」

「やめるつもりはないわよ! 死ねッ‼︎」


 ギィーン‼︎ 左から右に振り払われた女剣士の剣を、なんとか剣の刀身で受け止めた。


「ぐっぐぐぐっーー!」

「くっううううっーー!」


 レクシーに比べれば、動きは遅い。それに腕力はどうやら、僕の方が上らしい。

 女剣士が力を入れて、僕の剣を押し切ろうと頑張っているけど、僕は七十パーセント程度の力しか使ってないのに、楽に持ち堪えられている。

 女剣士が手加減していないのならば、倒す事は僕でも出来る。


「ハァッ‼︎」

「キャッ⁉︎ くっ!」


 両手に力を込めると、一気に女剣士の身体を剣ごと弾き飛ばした。

 軽く声を上げて、女剣士は後退りしたものの、地面に踏ん張って倒れなかった。

 怪我をさせるつもりはない。実力差が分かれば、逃げてくれるはずだ。

 今の僕のレベルは15。レベル16の虎蜂を倒せないのならば、女剣士は僕には勝てない。

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