第49話

「ヤァッ! ハァッ!」

「……」


 女剣士の振り下ろされる剣を、大きく後ろに飛んで回避する。

 左から右に薙ぎ払われる剣も、大きく後ろに飛んで回避する。

 この森の広さならば、壁に追い詰められる事はあり得ない。

 こうやって、逃げ回っていれば、そのうちに女剣士が勝手に疲れてくれる。


「ハァ、ハァ、そうやって逃げ回っていたら、私は倒せないわよ!」

「言っているだろう。倒すつもりも殺すつもりもないって。どうして、俺をそんなに殺したがるんだ? 俺があんたに何か酷い事でもしたのか?」

「そうねぇ、何もしてないわね。でも、人に危害を加えるかもしれない魔物を、放置する訳にはいかないでしょう! ヤァッ!」

「ちっ……聞く耳持たずかよ」


 話し合いはまったく無駄なようだ。

 女剣士の振るってきた剣を大きく後ろに回避した。

 この世界の人間はダークエルフだというだけで、殺した方が良いというおかしなルールを持っている。

 ことわざには、『郷に入れば郷に従え』というのがあるけど、流石にダークエルフは殺されろという、おかしなルールには従えない。


「ヤァッ! ああっ、もぉー! 避けずに戦いなさいよ!」

「……」


 ブーンッと女剣士の剣が空を斬った。

 何十回も僕に避けられ、空振りを続けている。

 イライラしてないで、流石にそろそろ当たらないと諦めてほしい。

 それに避け続けるだけでも、どんどん喉は渇くし、お腹も減る。

 この女剣士が疲れ果てる頃には、僕もヤバイ状態になっている。


「もうやめたらどうだ。このまま続けていても疲れるだけだぞ。それにこの森に来たのは俺を倒す為じゃないだろう? 何の為に女一人で森に来たんだよ。そっちを優先した方が」

「——ヤァッ!」

「うわっ! このぉ……」

「さっさとくたばれ!」


 危なかった。

 女剣士の鋭い突きを慌てて回避、さらに追撃の下から上への斬り上げ攻撃も回避した。

 こっちは攻撃する意思はまったくないのに、話しも聞かずに、しつこく何度も何度も攻撃してくる。

 これだと、どっちが魔物か分からない。


 ……いや、だとしたら僕の考え方がおかしい事になってしまう。

 もしも今戦っているのが女剣士ではなくて、棍棒バットを持ったゴブリンソルジャーならば、絶対に話し合いで解決する事は出来ないと思う。

 女剣士を殺して解決する方法は論外だとしても、魔物ならば少し痛めつければ逃げてくれるはずだ。


 何をされても抵抗しない、反撃しないという考え方は正しいとは思う。

 それで喧嘩や戦争が回避できるのならば、そのやり方でもいいとは思う。

 でも、絶対に戦わないという考え方は、ただ怖くて逃げているだけだ。

 戦う必要がない時は戦わない。戦うべき時にはキチンと戦う。それが正しい事なんじゃないだろうか。

 今の僕は戦うべき時なのに、逃げ回っているだけなんじゃないだろうか。

 今持つべきものは戦わない勇気じゃない。戦う勇気だ。


「ヤァッ!」


 ギィーン‼︎ 向かって来た女剣士の剣を避けずに剣で受け止めた。もう逃げない。


「ぐっぐぐぐ!」

「僕の全力を見せてやる」

「何を言って」

「——ハアアァァァーー‼︎」

「なっ⁉︎ うっぐぐぐぐ‼︎」


 両手、両足に力を入れて、女剣士を力で押していく。

 負けじと女剣士も力を入れるが、力比べは僕が勝っている。

 少しずつ女剣士の身体が後ろに下がっていく。

 間近で見る女剣士の顔は可愛く見える。年齢は十九歳ぐらいだろうか。


「……意外と可愛い顔してるんだな」

「なっ⁉︎ ふ、巫山戯るな‼︎」

「おっと!」


 褒めているつもりだったのに、ダークエルフに褒められても不快なだけだったようだ。

 女剣士は刀身を横に逸らして、力比べを放棄すると、すぐさま剣を僕の首を狙って、ヒューンと素早く振り払った。


「フゥ、フゥ、フゥ、本気で戦うつもりがないなら、私に殺されろ!」

「……」


 褒められるのが嫌なのか、それとも、女という事で舐められたくないのか……多分、後者かな。

 僕を倒す事で名声を得たいのだろう。

 興奮している女剣士が身体から放つ殺気が、少し増したような気がする。

 つまりは僕はドラゴンクラスの伝説の魔物なんだろう。

 確かにドラゴンを倒せれば、自慢できるし、多分、英雄と呼ばれるような存在になれるんだろう。

 でも、倒されるつもりはまったくない。

 

「悪いけど、その腕だと僕を殺すのは無理だ。僕はまだ、実力の三パーセントも出していないんだから」

「そんな……嘘だ!」


 僕は作戦を変更した。

 冷酷な魔王様のような冷たい口調で、女剣士に堂々と嘘を吐く事にした。

 女剣士が僕の事を過大評価してくれるならば、好都合だ。

 大嘘を吐きまくって、ビビらせまくる事にした。

 恐怖は身体を硬直させて、動きを鈍らせる。


「嘘か、本当かはすぐに分かる。これから一方的な斬殺が始まる。逃げるチャンスは与えたのに、非常に残念だ。人間の血は二日前に見たばかりなのに、まったく飽き飽きするよ」

「フゥ、フゥ、フゥ……」


 効果ありのようだ。女剣士が剣先を正面に向けて、身体をガクブルさせている。

 逃げないのは大したものだけど、そんなガクブル状態で、僕に勝とうと思っているんだから、可愛いものだ。

 さてと、軽く一発殴って、さっさと森から出て行ってもらおうかな。


「フッ……小娘が。まだ逃げずに戦おうとはな。勇気と無知の違いが分からないようだ。では、教えてやろう。本物の恐怖という」

「——〝渦巻け、炎の咆哮。ファイヤーロアー〟」

「えっ?」


 ヒューン、ゴオオォォォ‼︎

 気づいた時には遅かった。

 剣を構えた女剣士に堂々と近づいていくと、突然、女剣士の刀身が炎に包まれて、それが発射された。

 刀身から発射された直径一メートルの炎の渦巻きは、僕の上半身を容赦なく焼きながら通り過ぎていった。


「ぎゃああぁぁぁ~~⁉︎ 熱い、熱い、熱い‼︎」


 つい最近も、顔面でファイヤーボールを受け止めるという、似たような経験をしたばかりだ。

 僕は全力で地面を転がって、身体に纏わり付く炎の残滓の消火活動を頑張った。


「フッフフフ。バァ~~~カ。私が剣士だと思って、油断しているからそうなるのよ。奥の手は最後まで見せないのは常識でしょう。じゃあ、そのまま、あと二、三発喰らってよ。じゃあ、さようなら。バァ~~~カエルフさん」


 女剣士の剣先が、必死の消火活動中の僕に向いている。トドメを刺すつもりのようだ。

 ブチ‼︎ でも、そんな事が許されるはずがない。誰がバァ~~~カエルフだ。

 流石の僕も生きるか、死ぬかの緊急事態に手段は選んではいられない。

 右手の手のひらを女剣士の剣先に向けた。

 

「ふ、ふ、巫山戯るなよ‼︎ 〝叫べ、水の咆哮〟」

「きゃああっっ⁉︎」


 バシャーン‼︎ 右手から発射された水の渦巻きが女剣士を吹き飛ばした。

 でも、まだ終わりじゃない。

 今度は右手を空に向けて、水の咆哮を発射させた。


「〝叫べ、水の咆哮〟」


 ヒューン、バシャーン‼︎

 上空に発射された水の咆哮は、しばらくすると、重力によって落下して来て、僕の全身を水浸しにした。


「ハァ、ハァ、ハァ、あの女! もう容赦しない!」


 素早く起き上がると、近くに落ちていた剣を拾って、女剣士を見た。


「くぅっっ~~! 頭、打ったぁ~!」


 女剣士は頭を押さえて、まだ立ち上がろうとしている最中だった。

 お互い不意打ちには弱いところがあるようだ。

 けれども、女剣士が起き上がるのを待つつもりはない。


「うおおぉぉぉ~~‼︎」


 僕は肌の焼ける痛みを我慢して、女剣士に突撃した。体勢を立て直される前に勝負を決めてやる。

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