第47話

 家に帰ると急いで風呂に入って、出掛ける支度をした。

 紙に『ごめんなさい』と書いただけで、誠意が伝わるはずがない。

 たったの100エル。随分と安くて簡単な許される方法を思いついたものだ。


「今のままの僕だと生きる価値もない」


 責任を取ったつもりと、実際に責任を取るは違う。

 僕の所為で他の転生者に迷惑をかけているのなら、僕がやらないといけない。

 家から出ると、僕は食堂に急いで向かった。


「やっぱり閉まっている……」


 玄関のドアノブを回したけど、扉は開かなかった。

 シャッターをこじ開けるという方法もあるけど、泥棒になるつもりはない。


「ダミアさん! 話があるんです! 開けてくれません!」


 ドンドンドン‼︎ 扉を叩いて家の中にいるダミアに大きな声で呼びかけた。

 こんな事をしたら、余計に怖がられるだけかもしれない。

 その証拠に、隣のアイテム屋のシャッターから、リーベラが気になったのか、顔を出してこっちを見ている。


「ダミアさん! 料理が作れないなら、僕が代わりに作ります! 作らせてください!」


 ドンドンドン‼︎ 僕は周りの目なんか気にせずに扉を叩いて、呼び続けた。

 ダミアが料理が作れないなら、僕が作るしかない。それが本当に責任を取るという事だ。


「んっ? ダミアさん?」

「……」


 しばらくすると、玄関扉の向こうに人の気配を感じた。

 試しに扉のすぐそこにダミアがいると思って、誠意を持って真剣に語りかけた。


「ダミアさん? そこにいるんですか? 会って話がしたいんです。扉を開けてくれませんか?」

「……帰ってください。料理なら、作れますから」


 ……やっぱりいた。でも、今日の朝に話した時の明るいダミアとは、まったく違う。

 突き放すような沈んだ声には、少しだけ戸惑ってしまうけど、それは僕の所為だ。

 扉からダミアの気配が遠去かりそうだったので、僕は急いでダミアを呼び止めた。

 まだ、肝心の話は終わっていない。

 

「あっ、ちょっと待ってください! ダミアさん、すみません! あんな酷い事をして、謝って許されるとは思っていません。何か手伝わさせてください! 何でも遠慮なく言ってください!」


 皿洗いや野菜の皮剥きぐらいなら、僕にも出来るかもしれない。

 大きな事は出来ないけど、小さな事は出来るはずだ。


「……あなたに何が出来るんですか? 私の仕事を舐めないでください!」

「えっ、ダミアさん……」


 予想外のダミアの強い口調に、僕は怖くなって扉から後退りしてしまった。


「適当に皿を洗って返すようないい加減なあなたに、任せたい仕事なんてありません! これ以上は迷惑です! さっさと消えてください! 私の前に二度と現れないでください!」

「……すみません。ごめんなさい」


 僕は本当に舐めていた。

 扉の向こうの怒ったダミアの声を聞いて、やっとそれに気づいた。

 何かをすれば、許される前提で動くなんて、ゲームじゃないんだ。

 それなのに料理を手伝っていれば、いつかは許されると思っていた。

 でも、現実はそんな単純なものじゃない。絶対に許されない事は山程ある。


 僕だってそうだ。

 高校を卒業したら、いじめっ子達を許せるとは思えない。

 大人になっても、過去の笑い話になんか出来ないと思う。

 何を勘違いしていたんだろう。

 僕は許されない事をしてしまったんだ。


「ごめんなさい。二度とダミアさんの前には現れません。本当にごめんなさい」

「……」


 扉の向こうからは声は返って来ない。

 これ以上は何も話したくという事だ。

 これ以上の言葉は不快なだけだという事だ。


 僕は紙フォンから、メモ帳とペンを取り出すと、『ごめんなさい』とメモ帳に書いて、玄関前に置いたHP回復アイテムの瓶の底に挟んだ。


「これ以上はもう誰にも迷惑をかけないようにしないとな」


 数十分後には、レクシーと剣術の修業をする約束をしていた。

 でも、その約束は破らなければいけない。

 僕は神フォンのホームボタンをタッチすると、町から姿を消した。

 二度とこの町に帰る事は許されない。


 ♦︎


「流石に借り物だから壊す事は出来ないか」


 左手に持った神フォンを見つめて、壊すか、捨てるか、少し考えていた。

 結論として、そのまま持つ事に決まった。


 神フォンを持っていると便利だから使ってしまうかもしれない。

 でも、これは女神様から借りた物だ。

 僕の身勝手な理由で、勝手に壊していい物じゃない。

 むしろ、すぐ使える場所に置いていた方が、自分の覚悟が試される。

 あの町とは二度と関わらない。それが僕の覚悟であり、起こした事への当然の罰だ。


「まずはお前からだ。悪いけど、殺すよ」

『パァ? パァァァッ⁉︎』


 ザァン! 足元の影からプチトレントを出すと、無抵抗な友達を剣で切り殺した。

 与えられた力に頼るのは……もうやめる。

 友達とは強制的になるものじゃない。

 これから先は自分の力で生きないと駄目だ。

 残りの友達三匹を倒したら、そこから先は僕一人の力で生き抜こう。


【名前=トオル。種族=ダークエルフ。

 レベル=14(最大レベル30)。次のレベルまで経験値902/960。

 HP=1288/1288。MP=176/176。

 腕力=241。体力=198。知性=248。精神=198。

 重さ=軽い。移動速度=少し速い。

 装備=片手剣『攻撃力139+魔法攻撃力116』。

 魔法=初級水魔法『アクアロアー』。

 魔法=初級地魔法『アースリージョン』。

 スキル=『魔物友達化(最大友達四人)』】


 神フォンのマップを頼りに森の中にいる緑色の点滅を目指す。

 スキルで友達にした魔物はマップ上に緑色の点滅で表示される。

 今も僕の言いつけを守って、虎蜂三匹は森の魔物達を蹂躙しているようだ。


 所々に倒された魔物の死体が横たわっていたので、神フォンで撮影して収納した。

 もちろん、換金するだけで、そのお金を使うつもりはない。

 町の発展の為には力は惜しまない。

 でも、自分が快適に暮らす為に町の力を利用する事は絶対に駄目だ。


「近くに魔物がいる……」


 マップを見ながら、虎蜂三匹に向かって移動していると、進行ルート上に魔物の点滅があった。

 回復アイテムも無しに馬鹿みたいに戦闘は出来ない。しかも、戦うのは僕一人だけだ。

 遊びでも、訓練でもない。全てが本番で、どちらかにとっては最初で最後の戦いになる。


「戦いからは逃げられない。もう遊びは終わりだ」


 僕は鞘から剣を抜いた。もう一度、今日ここから、全てをやり直そう。

 小豹と戦った時、村人戦士二人と戦った時の僕は命を懸けていた。

 そして、ここで生まれ変わる。


『フゴォ! フゴォ!』


 マップ上の魔物を目指して、僕は進んだ。

 そして、森の中を進んだ先に茶色い毛皮の大猪を発見した。

 ワイルドボアのHPは4714、腕力は280、移動速度は少し速いだ。

 武器を装備した状態の攻撃・魔法攻撃を六発当てれば倒れる魔物だ。

 勝てない相手じゃない。


 けれども、僕は熟練の戦士じゃない。

 出し惜しみして勝てるようならば、最初から苦労はしない。

 持てる力を全て使わないと勝てない。

 物音を立てないように、ワイルドボアに近づくと、覚えたての地魔法を発動させた。


「〝突き抜けろ、地の咆哮〟」

『プギィー⁉︎』


 ドォスン‼︎ 地面から垂直に突き出した岩棘が、ワイルドボアの腹下に突き刺さった。


『フゴォ‼︎ フゴォ‼︎』


 ジタバタとワイルドボアは踠いて、突き刺さっている岩棘をへし折ろうとしている。

 長時間の足止めは不可能なようだ。ビキビキと岩棘が悲鳴を上げている。

 追撃するなら剣で攻撃するよりも魔法の方がいい。


「〝突き抜けろ、地の咆哮〟」

『プギィー⁉︎』


 ドォスン‼︎ 地面から突き出した二本目の岩棘がワイルドボアの太い首に突き刺さった。

 戦国武将の言葉を借りるならば、一本で折れやすいならば、三本にすればいいんだ。

 この場合は二本で十分なはずだ。


『……』

「今が絶好のチャンスだ」


 僕は剣の柄を両方で掴むと、動きを止めて沈黙しているワイルドボアに素早く接近した。そして——


「ヤァッッ! セイッ!」

『プギィー⁉︎ プギィー⁉︎』


 ザァン! ザァン! ワイルドボアの背中に剣を垂直に振り下ろし、さらに左から右に左腹を切り裂いた。

 ワイルドボアは大声を上げて、激しく暴れて岩棘を折ろうとしている。

 そして、ビキビキ、バキィン‼︎ と腹下の岩棘がへし折れた。


『フゴォー‼︎』


 でも、抵抗させるつもりはない。首下の岩棘がへし折れる前にトドメを刺した。


「これで終わりだ‼︎」

『プギィーーーー⁉︎』


 ドフッ! 左足でワイルドボアの左腹を膝蹴りすると、剣を振り上げて少し後退りする。

 あとは一気に剣を振り下ろした。

 ザァン! ワイルドボアは背中から左腹を縦に斬られると、一際大きな悲鳴を上げて動かなくなった。


「……僕一人でも行けそうだ」


 動かなくなったワイルドボアを神フォンで撮影して収納した。

 地面には岩棘だけが残っていた。

 おそらく魔法で作ったものも収納できないのだろう。

 何でも収納できるなら、背景に映っている地面や大木も収納できるはずだ。

 でも、木の枝や小石は出来た。ある程度の物までならば、許可されているんだろうな。


「さて、友達を追いかけないとな」

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