第46話

 レクシーとの修業は昼ご飯の後だ。だから、その前にやりたい事があった。


「開いていない……」


 食堂にやって来たのに、シャッターは閉まったままだった。

 確かに昨日は開いていたから、僕の所為なのは間違いない。


 考えてみたら、僕は引っ越しそばを持って来ただけのダミアを、岩棘で貫いて殺したんだ。

 しかも、引っ越しそばは凄く美味しかった。

 それなのに殺したんだ。まともな人間のやる事じゃない。

 ダミアがアルア以上に、もう二度と僕の顔を見たくないと思っていても不思議じゃない。


「チャイムは無いけど、ドアをノックしたら出て来るんじゃないかな」


 玄関の茶色いドアを前に僕はどうするか迷っている。

 今日はこのまま帰った方がいいのだろうか。

 それとも、今日中に謝った方がいいのだろうか。微妙な判断だ。


 でも、それは早くダミアに許されるか、怒られるかして、僕がホッとしたいだけなような気がする。

 やっぱり僕は自己中心的な身勝手な人間のままだ。

 ダミアの事を考えているようで、自分の事しか考えていない。


「とりあえず、これぐらいしか出来ないか」


 神フォンをポケットから取り出すと、HP回復薬を十本購入して、ダミアの家の玄関前に置いた。

 傷はもう治っていて、必要ないかもしれない。でも、気持ちは伝わるはずだ。

 いや、これだけじゃ全然足りない。何か他にも出来る事があるはずだ。


「すみません。リーベラさん、紙とペンはありませんか?」


 食堂の隣のアイテム屋に移動すると、カウンター越しに作業中のリーベラに声をかけた。


「あれ? 今日も買い物するの? 紙とペンなら色々と種類があるよ。どんな紙とペンが欲しいんだい?」


 リーベラは透明な瓶に、鍋で作った回復薬を移している最中だった。

 僕の顔を見ると作業をやめて、両手のゴム手袋を脱ぎながら、カウンターに歩いて来た。


「えっーと、手紙やメモ書きみたいな小さい紙で、シンプルに白色がいいです。ペンは出来れば黒の油性ペンが欲しいです」

「随分と具体的だね。まあ、助けるけどね。どっちもあるよ。二つで100エルになるけど、昨日の今日でお金はあるの? うちはツケは出来ないから、期待していたら、ゴメンね」


 やっぱり金を根こそぎ奪った自覚はあるようだ。

 でも、お金ならあるから、また根こそぎ奪ってくれても構わない。


「いえ、大丈夫です。お金はあります。それと……」

「んっ? 何か他にも欲しい物でもあるの?」

「えっーと、ちょっと聞きにくい事なんですけど……」


 リーベラならば、隣のダミアの事を聞けば教えてくれるかもしれない。

 お隣同士ならば、他の住民よりは接触する機会は多いはずだ。

 でも、少し聞きにくい。理由を聞かれたら困る事になる。


「あっ! そっか、そっか、ゴメンね! うちは大人向けの雑誌とかは置いてないんだよ。そういうのは妄想でカバーしてもらうしかないかな? でも、妄想で私を使いたいなら、ご自由に使っていいよ。無料でいいから♪」

「はい⁉︎」


 そんな事は一度も考えていない。

 白衣の眼鏡っ娘は需要はあるけど、白衣の眼鏡お姉さんはそこまでない。

 僕が言いにくそうにしていたからって、エロ本を買いに来たと勘違いしたのなら失礼だ。

 今の僕はそういう冗談を聞きたい気分じゃない。


「違います。実は僕がダミアさんに大怪我させてしまったんです。それで食堂が閉まっていて、町の人が食べる物で困っているなら、食糧になりそうな物を外から調達して来ようかと思っているんです」


 魔物の肉が食べられるならば、ワイルドホーク、ワイルドボア、森カエルンと大量に入手できる予定がある。


「なんだ、つまんないなぁ~。そういうのは気にしなくていいよ。町の人は誰も食堂使ってないから」

「えっ、そうなんですか? でも、それだと町の人達は普段何を食べているんですか?」


 町の人が誰でも料理が作れるのなら、別に緊急事態でもなんでもない。

 ダミアと僕が個人的に喧嘩しているようなものだ。

 僕の喧嘩に他人を巻き込むべきじゃない。


「私達もトオルと食べているのは一緒だよ。私達の場合はアイテムを作って販売して、エルを稼いで、別の所から食糧とか材料とか購入しているんだよ」

「そうなんですか。町の人は誰も困っていないんですね……」


 考えてみたら、この町には八百屋も肉屋も魚屋もない。

 食材も無いのに、ダミアが料理を作れるはずがないんだ。

 何処か別の場所から定期的に素材や食材を調達して、町の住民は武器やアクセサリー、アイテムを作っているんだ。

 

 だとしたら、やっぱり僕とダミアの二人だけの問題になる。

 いや、僕がダミアの事を気にしなければいいんだ。そうすれば、問題は無くなったようなものだ。

 でも、それでいいのか? 人を傷付けても平気な人間のままで……。


「でも、ダミア、怪我しているんだ? それはちょっと困ったね。トオルは神フォンを持っている転生者が何人いるか知っているの?」

「いいえ、知りません」


 リーベラが口元に右手を当てて、少し困った感じの顔で聞いてきた。

 やっぱり、ダミアが怪我していると困ると事があるのかもしれない。


「大体五百人以下かな。私達はその人達が使用するアイテムを毎日作りまくっているんだよ。隣の人と話している暇なんてないぐらいにね」

「すみません。忙しいのに作業の邪魔をしてしまって」


 リーベラに僕は謝った。考えてみたら、この町に来る前も、前の世界でも僕は謝る事しかしていない。

 誰かに迷惑をかける事しかしていなかったから、当たり前かもしれないけど……。


「あっはははは。冗談だよ! 本当に忙しいなら、夜も寝ないで、目の下に特大のクマを作っているよ」

「……」


 五百人か……。

 僕以外にも凄い数の転生者がいたんだ……そして、僕の所為でダミアが料理を作れずに、他の転生者に大迷惑をかけている状態なんだ。

 町の住民四人とは桁違いの被害者だ。僕が責任を持って、何とかしないいけない。


「まあ、忙しいのは本当だよ。特に私とダミアは、レクシーとアルアとは比較にならない程に大変だよ。あっちは基本的に一点物だけど、こっちは消耗品だから、同じ物を大量に作らないといけないしね。ダミアの方は毎日、朝昼晩と千五百食は作っているんじゃないの? 私ならとっくに食堂なんて辞めているよ」

「……」


 自分でも自分が、めちゃくちゃ酷い奴にしか見えない。

 引っ越しの挨拶に夕方に食堂に行った時、ダミアはテーブルに突っ伏して寝ていた。

 きっと疲れていて、シャッターを閉める元気もなかったんだ。

 それなのに、僕の為に笑顔で料理を作ってくれたんだ。


「毎日、毎日、顔も分からない人達の為に料理を作っていた所にトオルが引っ越して来てくれて、余程嬉しかったんだろうね。昨日の夜、食堂からダミアのはしゃいでいる声が聞こえた時はビックリしたよ——」

「……」


 僕は僕の前で笑って、はしゃいでいる姿のダミアの姿しか知らない。

 きっと普段は違う姿なんだ。僕が見ていたのは本当の彼女の姿じゃなかったんだ。

 本当の彼女は、誰もやって来ない食堂の中で、ただただ無言で料理を作り続けているんだ。

 そこには、僕が知っている明るいダミアはいない。

 髪の色と同じように暗く、孤独な日々を送る彼女の姿しか想像できない。


「——自分の料理を誰かが目の前で食べてくれるのが嬉しかったんだろうね。私も何となくだけど、ダミアの気持ちが少しだけ分かるんだよね。私の作ったアイテムで誰かが助かった時はやっぱり嬉しいよね」

「……」


 僕は、もうこの町から追放されて、のたら死んだ方がマシな人間なんじゃないのか。

 僕って、最低最悪のクソ野郎だ。ダミアはまるで優しいシスターじゃないか。

 シスターを魔法で傷付けて、シスターの手料理で興奮して、風呂場を覗こうとした、クソ野郎だ。


「あっははは、なんか暗い話になっちゃったね。忘れて忘れて♪ じゃあ、また必要な物があったら、ドシドシ買い物に来てよ。私も改良して欲しいアイテムとかあったら、意見とか欲しいからね」

「はい、すみません。また来ます。いつもありがとうございます!」

「うっ、うん……毎度あり」


 僕は紙とペンをリーベラから急いで受け取ると、家に向かって走った。

 この神聖な場所と神聖な人達の前に、この恥ずべき腐った人間の姿を見せるべきじゃない。

 世界中から嫌われるダークエルフはまさしく僕に相応しい姿だ。


 何が美しすぎるだ! 外見だけを綺麗に見せただけで、内面は鬼畜ゴブリンと一緒じゃないか!

 何がゴブリンと違うだ! 僕は魔物だ! ゴブリンと一緒だ! ただのダークゴブリンだ!

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