第19話

「クレイグ、無理はするなよ。回復アイテムでHPを回復するんだ。デール、交代だ。行ってくれ」

「任せておけ!」

「くっ、これはマズイ……」


 相手の戦士は六人だ。戦力差が二倍で回復アイテムも村人達が補給してくれる。

 三百人の軍隊と、たった三人で戦っているような酷い状況だ。

 僕はサーディンと隣同士で防御を固めつつ、どちらかが剣で戦士に一撃を当てた瞬間に、アクアの水魔法で追撃させる作戦を取っていた。


『ギョギョ‼︎ ギョギョ‼︎』

「ぎゃあああっ⁉︎」

『♪キュゥキュルルゥ♪ キュン‼︎』

「どわああぁぁぁ⁉︎」


 ザァン‼︎ バシャーン‼︎ 剣撃と水撃の二連続攻撃を受けると、流石にHPを回復する暇もないようだ。

 襲って来た戦士は水魔法に吹き飛ばされると、そのまま地面にバァタンと力尽きて倒れてしまった。

 けれども、戦士二人を倒した瞬間から村人達による攻撃が始まった。


「全員、小石を掴め! 投石開始!」


 距離は十五メートル、僕達を円陣に包囲した村人の人数は百二十人以上。

 村人達の足元に置かれている数十個の籠には果物ではなく、小石が山積みになっていた。

 明らかに事前に用意していないと、これだけの数は用意できないはずだ。


「おいおい、嘘だろう……」


 ブン、ブン、ブン‼︎ ドガァ、ドガァ、ドガァ‼︎

 生き残った仲間三人を下がらせると同時に、サリオスは村人達による一斉攻撃を開始した。


「くたばれ!」

「息子の仇!」

「ママぁー!」

「これは先祖の分だ!」


 思い思いに村人達が小石を投げつけてくる。

 息子の仇ならば仕方ない。倒れている二人の戦士のどちらかが息子なのだろう。

 ママぁーも人質に取ったから仕方ない。柔らかおっぱいの感触は忘れないよ。

 残りは誹謗中傷なので今すぐに投石をストップしてください!

 まあ、こんな事を言っても、絶対に投石をやめないのは分かっている。


『ギョ⁉︎ ギョギョ⁉︎』

『キュン⁉︎ キュンキュン⁉︎』

「痛、痛い……や、やめろ……お前達は早く影の中に入れ!」


 ドガァ! ドガァ! ドガァ!

 サーディンとアクアが倒される前に急いで影の中に避難させた。

 二匹共、HP2200以上あり、サーディンは防具を装着している。

 それでも、装備の無い頭部に小石を六十発近く受ければ、二匹共、HPは0になる。

 三百対一になれば、絶対に勝てなくなる。


 地面にしゃがみ込むと装備している長袖、薄緑色のロングコートを頭からすっぽりと被った。

 風鳥のコートは防御力140、魔法防御力50ある。

 僕のHPは1015なので、千発までの小石は耐えられる。

 ズボンの左ポケットから神フォンを取り出すと、HPを三十パーセント回復する回復アイテムを購入した。


「ごくごく……ぷっはぁー! もう一本!」


 神フォンから出現した透明なガラス瓶に入った、栄養ドリンク(約百ミリリットル)を一気に飲み干した。

 それでも、次々に降り注いでくる投石の雨を受け続けていれば、回復量よりもダメージ量の方が上だと分かる。


 投石一発でダメージ1でも、百二十人規模の一斉投石だ。

 たった一個の投石でも、全弾命中したら、ダメージ120になる。

 それが一人が一度に五、六個の小石を掴んで投げるのならば、一度の攻撃での最大HPダメージ量は推定で720になる。

 それに対して、回復アイテムを使ったHPの回復量は304だ。


 僕なら五秒以内に籠に入っている小石を掴んで、一気に散弾銃のように投げつけられる。

 こんなのは死亡リスクのある節分の豆まきと同じだ。

 歳の数だけ豆を当てられたら死ぬなら、誰も鬼役なんてやらない。

 この場所にいたら確実に死んでしまう。逃げなければならない。

 問題はどこに逃げるかではなく、どうやって逃げるかだ。


 作戦その一。

 アクアの身体に掴まって、水魔法を地面に発射してもらう。

 棒高跳びのように村人の円陣の包囲網を飛び越える作戦だ。

 でも、無理なのは分かっている。

 人一人を三メートル程しか吹き飛ばせない水流に、村人の頭上を飛び越える力はない。

 仮に頭上を多少は飛び越える力があったとしても、包囲網の外までは十メートルぐらいはある。

 包囲網の中に墜落した瞬間に、村人達によるパンチとキックの雨が降り注ぐ事になる。

 一か罰の作戦は実行できない。


 作戦その二。

 サリオスがいない包囲網にこのまま突っ込んでいく。

 村人のレベルは多分、レベル5前後だ。

 頭部以外のHPダメージは一発最高でも40前後だと予想している。

 村人の包囲網に突入した瞬間、影からサーディンとアクアを出して、乱戦に持ち込む作戦だ。

 勇敢に戦おうとする村人もいれば、他人を押し退けて、逃げようとする村人もいるはずだ。

 死人が多数出てしまうけど、混乱した包囲網を突破するのは楽なはずだ。


 今、考えられる脱出方法の中で、脱出できる確率が高いのは作戦二だと思う。

 今すぐに持てるだけの回復アイテムを用意して、すぐに突撃しよう。

 回復アイテムは一本50エルするから、手持ちのエルだと十三本しか買えない。

 

「うおおぉぉぉ~~~‼︎」


 威嚇を込めた、雄叫びを上げながら村人達の包囲網に突っ込んでいく。

 姿勢は低くして、風鳥のコートは頭にしっかりと被って突撃する。

 右手には錆びた剣、左手には回復アイテムを一本持って、ズボンの左右のポケットにも一本ずつ入れた。


「突撃してくれるぞ! 前衛は前方の左右に急いで回避! 後方の梯子部隊は突撃せよ!」

「「「うおおぉぉぉ~~~‼︎」」」

「おおっ! 何だよ!」


 サリオスの声が聞こえたと思ったら、僕の雄叫びを掻き消す程の雄叫びが、村人達から上がった。

 小石の雨が止むと、突っ込もうとしていた村人達の包囲網が、左右に大きく割れていく。

 僕を通してくれる訳ではないようだ。その可能性はゼロだ。

 その証拠に長さ八メートルはありそうな長梯子ながはしごを村人五人で横に持って、僕の方に突っ込んで来る。

 多分、学校に侵入してきた不審者を取り押さえる刺又さすまたと一緒だ。


「馬鹿らしい。別の所に突っ込めばいいだけじゃないか……」


 わざわざ罠の中に突っ込んでいく、馬鹿はいない。突撃する方向を変えればいいだけの話だ。

 刺又に向かって、闘牛のように突っ込んだりはしない。

 左方向の少し分厚くなった包囲網に方向転換しようとしたら、村人達が長梯子をすでに持って構えていた。


「えっ? 何で……」


 答えはすぐに分かった。

 右方向、そして、後方を見れば、後衛から前衛に向かって、村人達の頭上を長梯子が移動していた。

 長梯子に包囲された特設闘技場が完成するのに、一分もかからなかった。

 闘技場の中にはすでに僕以外の四人の戦士達が入場していた。


「武器と神フォンⅩⅠイレェヴァンを置いて降伏しろ。命までは取るつもりはない」

「くっ……」


 サリオスが銀色の剣先を向けて命令してきた。勝利宣言なのは分かっている。

 でも、仲間の三人と村人達の殺意のこもった表情から、僕を殺したいという気持ちは容易に想像できる。

 正直言って、ここから僕が逆転するのは難しいというより不可能だ。

 今更、騙し討ちする必要があるとは思えないけど……。


 それに神フォンⅩⅠ? これは神フォンⅩⅢだ。

 ここは勇者様を信じて降伏するしかない。僕に利用価値があると思っているから、殺さないんだろう。

 でも、利用価値が無いと分かった瞬間に殺されるはずだ。

 なんとか転生者同士という事で仲良くしてもらわなければ……。


「分かった。勇者様を信じて降伏する。武器は捨てて、神フォンⅩⅢはここに置くよ」

「神フォンサーテティンだと?」


 発音が違う。神フォンサァーティィーンだ。

 地面に錆びた剣を投げ捨てると、空いた右手でズボンから回復アイテムと神フォンⅩⅢを取り出して、地面に置いた。

 あとは流れに身を任せるしかない。

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