第12話

『まったく、ひでぶぅは自分の立場が分かってないんだよ。数日前までは日本の高校一年生で、社会的に守られている弱い立場だったかもしれないけど、いつまでも学生気分でいられたら困るんだよ! ここは異世界なんだから』

「はい、すみません。ごめんなさい」


 ちょっと何を言っているのか分からないけど、理不尽な罵倒には慣れている。

 それに強い相手に勇敢に立ち向かっても、学校の緑色のプールを泳がされるだけだ。

 いじめをやめさせる方法は、「立ち向かう勇気だ!」とかいうのは大嘘だった。

 騙されたつもりで、いじめっ子のシャツのボタンを逆パァンパァンしたら、やっぱり騙されていた。


『本当に悪かったと思ってるの?』

「はい、本当にすみません。クエストでも何でもします。許してください」


 ゆっくりと地面に正座すると、目の前の地面に神フォンを丁寧に置いた。

 姿勢と服装をキチンと正すと、目の前の神フォンに向かって、深々と頭を下げて土下座した。

 許してくれるなら、神フォンの画面を舐める覚悟もあります。


『はぁー、またお決まりの土下座ですか……前にも言ったけど、私はひでぶぅの母親でも保護者でもないんだよ! 会社の上司でも、取引き先の上司でもないんだよ! 空き缶持って、行き倒れているひでぶぅに、お金を恵んでやろうか考えている、赤の他人の通行人だよ! 『金なんて要らないです』、みたいな事を言われたら、助ける気も失せちゃうよ!』


 正直、そこまで酷い状態なら今すぐに助けて欲しい。

 でも、怒られている状況で何かを要求するのは、反省している態度には見えない。

 だから、僕のやる事はまったく変わらない。謝り続けるだけだ。


「ごもっともです。レベル10になって調子に乗ってしまいました。一円でも、ベルマークでもいいので僕に恵んでください」


 中学二年生からおデブ体型に目覚めた僕が、一年以上に及ぶいじめで習得した奥義がある。

 いじめはカッコ悪い。でも、いじめている方は自分がカッコイイと思っている。

 だから、「こんな奴をいじめているのが、誰かに知られたら恥ずかしい」と思わせるぐらいの、低姿勢にならなければならなかった。

 僕が編み出した、いじめっ子撃退奥義『僕もカッコ悪いけど、僕をいじめている君はもっとカッコ悪いよ』を使えば、大抵のいじめっ子は別のターゲットを探してくれる。


「女神様、お許しください。本当に何でもします。脱げと言われれば脱ぎます。万引きして来いと言われたら、レジの金ごと持って来ます。だから、僕を見捨てないでください」


 額を地面にグリグリと押しつけて許しを請う。

 いじめっ子達も流石にパンツを脱ぐ前に止めてくれる。

 万引きした商品を店員と一緒に、物陰に隠れている、いじめっ子達に届けに行ったら逃げてくれる。

 大抵のいじめっ子達は僕を見捨てて、二度と関わろうとしなくなる。


『うわぁー、正直言ってそこまでされたら、私も引くわぁー。もう許すから、さっさと服を着て、普通に座ってよ』

「ありがとうございます。女神様の為ならば火の中、水の中、どこでも行く覚悟です」


 脱いだズボンとシャツを素早く着て、革ブーツを履きながら、忠実な執事口調で僕は答えた。


『はいはい。そこまで凄い所には行かせないけど、行ってもらうのは『ポモナ村』だよ。果物の栽培で有名な小さな村だよ』


 女神様の説明では、この森から北上して、街道を東に進めば、ポモナ村に到着するそうだ。

 ポモナ村の前に『ニンバス』という町が一つあるそうだけど、当然そこは通過する事になる。


 難所があるとしたら、『レアンドロス海岸』という海岸の岩礁地帯を移動しないといけない事だ。

 街道を歩いていると、ダークエルフを探している警備兵に、見つかる可能性があるそうだ。

 逃げ出した街からの追っ手を警戒しつつ、僕は使われていない裏道を移動する事になる。


「その転生者を急いで倒した方がいいなら、女神様がポモナ村までワープとか転送とかしてくれればいいのに」


 徒歩移動はちょっとキツイ。

 乗り物があれば、楽だと思うけど、馬か鳥か悩むところだ。

 やっぱり長距離移動だと鳥かな。


『チッチッチッ。甘いよ、ひでぶぅ。日本でもそうだったと思うけど、神様が人間を助けてくれると思うかい? 基本的に神様は放任主義なんだよ。でも、今回のような悪い転生者には対処しないといけないんだ。特別に選ばれた別の転生者を使ってね。その白羽の矢が立ったのが、ひでぶぅなんだよ!』


 神フォン越しに聞こえる女神様の声だけでも、人差し指を左右に振って、『世の中、そんなに甘くないぜ』、みたいな感じに言っているのが丸分かりだ。


「はぁー、僕がですか?」


 それに凄く名誉な役に選ばれた感じがしない。

 どちらかというと犠牲者に選ばれた感じがする。


『とりあえず、その転生者は神フォンも持っていないし、スキルも持っていないから、パパッと倒して来ていいいよ。もう説明する事もないし、何か出発前に聞きたい事とかあるかな? ないなら帰るよ』

「ちょっと待ってくださいね。う~~~ん?」


 悪い転生者はおそらく殺すか、捕縛するしかない。

 無力化してから、ロープで縛って村の人に渡せばいいだけだ。

 人殺しをする必要はない。

 だとしたら戦闘面で聞くべき事しかない。


「女神様、そろそろ魔法を使いたいんですけど。どうやったら使えるようになれますか?」


 僕はダークエルフなんだから、そろそろ魔法の一つや二つは使えて当然のはずだ。

 最低でも四大属性の火・水・地・風は使いたい。

 贅沢が言えるならば、回復魔法は是非修得したい。

 地形が変わるような大規模な破壊魔法も魅力的だ。

 頑張れば、一週間ぐらいで百円ライター程度の炎は出せるはずだ。


『へぇっ? 魔法? すぐに使えるようになるには、スキルの力が必要だよ。でも、ひでぶぅはスキルを持っていないから、修行しないと使えないと思うよ』

「修行ですか? どのぐらいかかりますか? 初級編ぐらいの魔法でいいんですけど」


 修業と言えば、滝に長時間打たれるとか、剣で岩を切るとか、そんなイメージしかない。

 キツイのも痛いのも嫌だけど、まあ、死ぬよりはマシだと思う。

 

『チッチッチッ。だから、世の中、そんなに甘くないよ。最低でも一年ぐらいは修行しないと魔法は使えないよ』

「そんなにかかるんですか⁉︎」

『当たり前だよ。魔法を舐めているでしょう。それにひでぶぅは街に出禁になっているんだから、魔法が使える人に教わる事も出来ないよ。我流で修行しても使えるようにはなれないし、魔法は諦めるんだね』

「そんなぁ~」


 ちょっとガッカリだ。一年間もかかるなら即戦力は期待できない。

 友達のレベルを上げて、連携を強化した方が即戦力になる。

 それに魔法はまだ見た事がない。

 もしかすると、アニメの見過ぎで実際はショボい威力の可能性もある。

 神フォンで買える防具の中には、属性耐性がついてある防具もあった。

 きっと武器にも属性があるはずだ。

 お店レベルを上げれば、そのうちに武器屋に属性武器が並ぶだろうし、魔法は我慢すればいいか。


『じゃあ、頑張ってね。ガチャン。ツゥツゥツゥ』

「あっ……はぁー、とりあえず歩きますか」


 女神様からの連絡は以上のようだ。電話が一方的に切られた。

 ため息を吐き出すと、僕は北の方角に向かって歩き出した。

 神フォンのマップには新しく黄色い矢印と黄色い点滅が表示されている。

 やる事は決まっているし、道に迷う事もない。あとは進むだけだ。

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